国際化って必要かなぁ?

多少外国語が喋れてボランティアで日本語を教えている私が言うと、逆説めいて聞こえるかもしれませんが、「普通の日本人にとって『国際化』は必要か?」ということについて書いてみたいと思います。

日本という国は大変幸運なことに、日本語さえ操れれば日本国内においてコミュニケーションに不都合を感じることはありません。方言はありますが、標準語で喋ればたいていこちらの意は通じます。逆に言うと、日本語を教えるときに標準語(の丁寧体)を基本にしているのはそのせいで、日本語非母語者にとって、話すときに一番通じる可能性の高い言葉として選択された結果なのです。

ことほど左様な単一言語社会にあって、外国語を学ぶ必要性は、国境が地続きとなっていることが多い諸外国と比べたら格段に低いと言わざるを得ません。

外国語及び外国文化を学ぶことは、個人的には興味を惹かれるものの、国内の普通の日本人にとって、どうしても必要、というわけではないような気がするのです。

ただし、外国語を学ぶことによって得るものは、単にカラオケで英語の歌を歌えるだけに留まらず(笑)、結構実際的なメリットもあります。

  • 私のような仕事をするものにとって、英語で書かれた解説を読めることは、即役に立ちます。まあ専門的な文章というのは、語彙さえあれば、読むのにそう苦労はしませんが。
  • 外国語の文法を覚えることは、プログラミング言語の文法を覚えることとさして違いはありません。むしろ自然言語の例外だらけの文法に比べたら、プログラミング言語の方が簡素で整然としていますから、英語を系統的に学ぶことのできた人はプログラマとしても成功しやすいでしょう。
  • 「言霊」という言葉がありますが、私たちの思考の道具として言語がある以上、思考の方も言語から相当の影響を受けていることは想像に難くありません。これは引いては文化間の違いをもたらし、文化の衝突の出発点となっています。何が言いたいかというと、外国語を学ぶと、その話者の思考様式もある程度は察することができるようになる、ということです。アメリカ人の考えそうなこと、中国人の考えそうなこと、ドイツ人の考えそうなことが、その言葉からある程度予想できるのです。
  • 外国語学部出身者としては恥ずべきことに、私は未だ、実際に外国に行ったことはありません。が、外国語を話すことによって、一円も使わずに、外国に行った気分になれます。風景なら写真で見ればいいと思っている私にとって、これ以上安価なバーチャル旅行はありません。

外国語を学ぶこと、および異文化に触れることは、きっと精神のアンチエイジングにも役立ちますし、個人的にはお勧めですが、国策とか行政といったレベルで推進することではないような気がします。必要ならおやりなさいですけれども、「これからは英語が喋れなきゃダメ」という偏った考えは持たないほうがいいでしょう。

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