何かに熱中できるとしたら、それはきっとすごくラッキーだよね。

Posted on : 17-01-2012 | By : sino | In : 地域社会, 外国語道, 経営道, 雑考

こんばんは。自分の趣味の延長で仕事をしているもので、普段あまり仕事がつまらないとか、キツイとか思わずに済んでいる高梨です。今回は公共のネットに憚ることなく大自慢しちゃいますので、お暇な方だけお読みください。w

さて、こういう仕事をしておりますと、ときどき「そんなにお詳しいんなら、専門の学校を出られたんでしょうね?」と言われることがあります。このブログをお読みの皆様ならご承知でしょうが、私は情報工学系の専門学科の出ではありません。

また、英語圏の外国人と話していると、「お前がそうやって英語を操れることが信じられない(驚きだ・日本人じゃないみたい、などなど)」と、ほとんど会う人ごとに、と言っていいほど驚かれます。が、これも英会話学校に通ったわけでも、留学や海外在住していたわけでもないことは、やはり皆様ならご存じでしょう。受けた教育といえば中学・高校・大学の10年間くらいのもので、あまり特殊なものではないと言えると思います。(なので、昨今の英語の早期教育の風潮に疑問なのです。実感として中学から始めても充分だと思っているので。)

ただし、コンピュータと英語は、それこそ家族に呆れられるくらい(特に前者は)、熱烈に「モノにしたい」と思ってはいました。なぜかというと、どちらも、若かった当時の私にとって将来役に立つことはわかりきっていたことでしたし、自分の好みにも合っていたからです。

誤解する人がいるかもしれないので大急ぎで付け加えますが、それは何も私に「先見の明があった」からでは断じてありません。そんなものが本当にあったら今頃もう少しマシな暮らしをしているでしょう。w どちらかというと「それくらいしかできなかった」というのが本人の実感です。

その実感というのはある程度真実でして、例えばこれをお読みの方には既婚者も多いと想いますが、私は未だに独身で、もちろん子供もおりません。自分の住んでいる家を自分で建てたかって? まさか! この歳になって住まいはおろか、炊事洗濯家事親父まで面倒を見てもらっている身分です。独身貴族なら、彼女はどうか? これも否と答えざるを得ません。

・・・などなどと考えると、「高梨は英語とパソコンには詳しいかもしれないけど、彼女もいない哀れなやつ」と思えてくるでしょう。実際そうなんですから否定のしようもありませんが、ここで申し上げたいのはそういうことではないのです。

むしろ、私はかろうじて英語(という外国語)とコンピュータを「モノにできた(と少なくとも自分では思える)」から、 ラッキーな方だと思うのです。

例えば、かくのごとく「頭がよさげ」なことを自慢している私ですが、知的分野に限ったとしても苦手なことのリストは以下のような有様です。

  • 数学全般 (やっとこすっとこ基本的な微分積分ができる程度)
  • 碁・将棋・などのいわゆるテーブルゲーム (小学校以来、無勝の実績あり)
  • テレビゲーム (苦手というより興味がわかない)
  • 道を覚えること (地図は読めるんですが、その上で間違う)
  • 数独・クロスワードパズルの類 (若い頃は好きだったが、今は面倒くさすぎる)
  • 何かモノを作ること (親父からは「ぶきっちょ」と度々呼ばれています)

本当はこれに「歴史の勉強」と付け加えたかったのですが、最近になって(外国の)歴史モノ小説の面白さがわかって来たので、割愛しました。

だいたい上のリストを見ると「理系」なことが不得意な感じを受けるでしょうが、それを言ってしまうとコンピュータ屋として立場がないので、自分では言いません。w また、「運動・スポーツ一般」と「女性との交際」は一般的には知的分野とは呼ばれておりませんので、やはり除外しています。

というわけで、外国語とコンピュータはたまたま私の適性に合っていただけの話で、それさえモノにできなかったら今頃どうしていただろうか、と恐ろしくなることさえあります。実際、方向音痴が治るんだったら、頭の中にある英単語100個と引換えにしても惜しくはないですね。

ただ、冒頭でも申し上げた通り、私はコンピュータというものがやはり好きで、それこそICサイズのものからクラウドまで使いこなし言うことを聞かせることをメシの種にしており、自分の好きなことを仕事にできているというのはものすごく幸せだよなあと思うんです。あまつさえ、この3日ほどお客様から「お前が地元にいて何かあるとすぐ来てくれるから本当に助かるよ」という旨のお言葉をいただいたところですし。

だから、若い人が職業を選ぶにあたって、ぜひ考えに入れていただきたいのは、それが「自分のやりたいことか」と「人から感謝されることか」の二つです。もしその二つをクリアできているなら、それはやる価値がきっとあります。あ、あともちろん他にも「儲かりそうか」もあります。w 「他にやっている人がいない」とか「ダサい・カッコ悪い」とかはあんまり考えなくていいんじゃないかな。(むしろそれらはチャンスなんじゃないかとも思います。)

成人式とかセンター試験の季節になったので、またくだらないことをと思いつつ書いてしまいました。参考にしていただければ幸いです。

綿鋼雲泥 2012

Posted on : 04-01-2012 | By : sino | In : 地域社会, 経営道

皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、昨年は本当に大変な一年でございました。なんといっても未曾有の大震災が日本を襲った3月11日。10m級の津波が関東をも襲うとの警告が発せられたときには、我が人生もこれまでかと覚悟を決めましたが、結果的に南房総一帯は比較的被害は少なく、その後の余震も多少はあったものの、今ではほぼ平常通りの生活を送ることができる状態に回復しております。甚大な被害に見舞われ、今なお復興にあたっている東北の方々には申し訳なくも、ふと気づくと日々の安逸な生活に埋没してしまっている自分がおります。

また、私事にはなりますが、出不精の私にはめずらしく、昨年の夏は国内外に旅する機会が多くございました。宮城・仙台に友人と出かけたり、ツアーではなく、自力で旅程を組み、はるばるニューヨークまでハリケーンの妨害にも遭いながら出張り、慣れない文化に戸惑いながらも異国の大都会を目の当たりに見て参りました。また、これは旅というより冒険になりますが、東京までバイクで往復したこともあります。

弊社として大きな出来事は、なんといっても有能で理解のある従業員を得られたことでした。今までですと、私が体調不良だったときには、どうしようもなかったのですが、そんな時代打に立ってくれる社員がいてくれるということだけで、心安らかに日々の業務に邁進することができます。本当にありがたいことです。

また、仮住まいではありますが、東京に出張所のようなものを持つことができました。こちらは、私が都内に出たときに、自由につかえる作業所といったものですが、東京支社といえばそうも言えるわけでして、大げさに言えば東京進出をついに果たした、とも言えます。

先日、ある方とのチャット中に、「自分は『綿鋼雲泥』を座右の銘にしている」旨のことを打ち明けました。実は今までこれを人に言うのは避けてきました。というのは、完全に自作ですし、披露したら「守れていないじゃないか!」というお叱りを受けることは必定だからです。

ではありますが、その銘について解説しますと、

  • 人当たりは「綿」のように柔らかく
  • 意思は「鋼」のように強く
  • 理想は「雲」のように高く

そして・・・

  • 品性は「泥」のように下劣に。

となります。最後のはまあ私なりの卑下というか開き直りですね。(笑) 事実、皆様もご存じの通り、下品なことは大好きです。

ただ、言うは易く行うは難し。意思を強く、理想を高く保つのは容易なことではありません。事実、やるべきことをやらなかったり、何事につけすぐ妥協してしまう悪いクセはなかなか抜けません。

しかしそこも、あまり強すぎても人と衝突しますし、高すぎる理想に燃えていても、一人ではすぐ無理がくることは経験上よくわかっております。

そこは中庸の徳を説いた孔子に習い、過ぎたるは猶及ばざるが如し、ほどほどに自己を御することも大切かと考えております。

私自身は今年3回目の年男になります。竜頭蛇尾に終わることのないよう、日々を大切に精進し、願わくは飛龍の如き躍進を果たさずとも、タツノオトシゴのように世に流されることなく、しっかり居場所を定められるような一年にしたいと存じます。

皆々様におかれましては、引き続き変わらぬおつきあいのほど、社員一同、よろしくお願い申し上げます。

クラウドを駆使してソーシャル図書室を作るまでの道筋 Part.2

Posted on : 05-12-2011 | By : sino | In : プログラム道, 地域社会, 読書道

こんばんは。小さい頃から図書館や書店で背表紙が並んでいる本棚を前にすると、ウ◯コを催してしまうくらい本が好きな高梨です。

さて、以前から寝かせていたアイデアではありますが、「個人間で書籍をシェアする」システムを作りたいなぁと常々思っておりました。で、技術的にこういうものを使えばできそうだ、という目処は立っていたんですが、実際に作るにあたって、あと2つほどクリアしなければならない点がありました。

一つは、「法律的に問題はないか?」という点です。基本的に、「何かが自由であることはいいことだ」と考える自由主義者の私ではありますが、さすがに

  • 出版社や作家に起訴されたり
  • 多額の賠償金を請求されたり
  • 挙句の果てにはブタ箱に放り込まれたり

してまでもそれをやりたいか、と言われれば、答えは

全力でNO (゚Д゚ )!!

です。なので、法律、今回の場合は特に「著作権法」に照らして問題がないかを確認する必要がありました。

今の時代便利なもので、法律も全部Webに載っております。そこで、著作権法を調べてみるとこういう記述がありました。

第三十八条
4 公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。

要するに、貸し出す人がその見返りにお金を要求したり、貸し出し料を設定したら、それはアウトなんですね。まあ私が考えていたのも「貸本屋を助ける」システムではなく、個人間で相互に貸し借りする、それも手渡しできるくらいの地理範囲のことを考えていたので、これはクリアしていると考えてよさそうです。

さて、たぶん法的にはOKなのはいいとして、もう一つ私にとって心配なことがありました。それは、「作ったはいいけど、果たして使ってくれる人が本当にいるのか?」ということです。まあ開店同時に引きも切らないアクセスがあるだろう、とは思いませんが、一般の本好きのニーズにマッチしているかのか、もしかしたらこんな変なことを考えるのは私だけで、だーれも使ってくれなかったら開発を続けるモチベーションを維持するのも難しいでしょう。

読書というのはどちらかというと家の中の、個人的な性格の趣味なので、例えばスポーツなどのように試合や練習で仲間に出会う、ということはありません。ましてやこの鴨川で、読書人というのは目立たないマイナーな存在です。人口の割に書店は多いので、たぶん人数はそこそこいると思いますが見つけるのが難しい。

しかし、これもよくしたもので、Facebookで鴨川在住の、きっと私以上に本キチwな人を見つけることができ、この構想を話してみたところ、大いに乗ってくれ、ぜひやりましょう! ということになりました。これで、「ユーザ数 永久ZERO人!」という事態は避けられそうです。ε-(´∀`*)ホッ

さあ、あとはサクっと設計してガリガリコードを書くだけ!・・・なんですが、ま、ここからが技術屋として「産みの苦しさ」を乗り越えなければならないところです。

あ、「もうひとつ大事なことがあるだろっ!それでどうやって金を稼ぐんだYO!? ヽ(`Д´#)ノ」という声が聞こえてきましたので、お答えしておくと、

「ほとんど考えてませんが何か?」┐(´∀`)┌

です。w 私も一応商売人のセガレですから、全然考えていないわけではないんです、もちろん。というより、もし収益の見込みがあったら、私より先に誰かがやっているでしょうし、私自身ももっと熱心になっていたでしょう。ただ漠然と、今のところ考えているのは

  • 他の地方自治体からお呼びがかかる(かもしれない)
  • これを作ることにより、弊社や私の知名度があがる(かもしれない)
  • 知名度が上がれば商売上有利になる(かもしれない)

というところです。

興味がまるで湧かなかったので、正確にそれを何というのかは忘れましたが 「評価経済社会」といって、最近は「有名になればなるほど幸せになれる時代」なんだそうです。まあ「自分よりフォロワー数の多い者には敬語を使え!」とのたまう人が現れるくらいなので、そうなのかもしれないなぁ、などとも思いますが、世に名を馳せるよりも「まずは自分が欲しい物を作る。そしてできれば多くの人にそれを使ってもらいたい」という感覚を大切にしようと思います。

そんなもんなら10年も100年も2000年も前からあるYO! (・∀・)ニヤニヤ

Posted on : 04-12-2011 | By : sino | In : 地域社会, 雑考

英語はなんとか話せるのに、横文字(カタカナ語)にはめっきり弱い高梨です。つい最近まで「コンデジ」のことを「コンシューマー・デジカメ」だと思っていました。orz

さて、その私以上に横文字に弱い親父とNHKを見ていたとき、こんな質問をされました。「この人はコミュニティ、コミュニティって言ってっけんが、コミュニティっちゃあんだえ(何だい)?」コミュニ「チー」と言わなかったところは、我が親ながら褒めてあげたい。w

で、「んー、まあわかりやすく言うなら、『近所付き合い』とか『仲間』ってことかな。天津なら天津の、仲宿なら仲宿の近所、みたいな」と答えました。(これが正しい答えかはツッコミ不要)

ただ、そこでハタと思ったんです。私たちはどうも昔からあるものを新しい名前で呼ぶことだけで何かを得たような気になっていないだろうか、と。特にアーリーアダプタ、天津弁でいえば「ニイモン好き」な人にこの傾向があるような気がしてなりません。

いや実際私が飯を食っている業界なんてその最たるものでして、VPS→IaaS、NFS→ファイルサーバ→NAS→パーソナルクラウド(?)なんて本質的には何も変わらないのに、あたかも革新的な新製品のように呼び方だけを変えたりしています。営業な人に言わせれば「その方が売れる」からなんでしょうが。

千葉で働いていた当時、とある企業の企画会議の末席に加えていただいたことがあるのですが、正直に申し上げて、私としてはあまりなじめませんでした。というのは、私以外の人たちは何か斬新な着想をその会議で得た!と大喜びしているようなのですが、私は「え!?それって孫子が言ってたことだよね?」「そんなことなら孔子も言ってたよね?」と内心で感じることがしばしばあったからです。つまり私からすると、彼らがあまりにも不勉強に見えたのでした。いや、もしかするとみんな内心では私と同じように感じていて、でも場の空気や社内的な政治事情を計算して喜んでいるフリをしていたのかもしれない。まあきっとそれは勘ぐり過ぎでしょうけど。

最近何かの本で読んで思わず笑ってしまったのですが、アメリカのある大学教授の調査によると「貧困層の収入が増加するにつれて、彼らはより社会的・文化的な生活を送る傾向を示す」という結果を得られたそうです。わざわざそういうことを大真面目に調査・研究しなければわからなかったことに呆れて笑ってしまったので、そんなことなら「衣食足りて礼節を知る」と3,000年近く前に斉の管仲が言っていたことです。ちょっと前の日本人なら「斉の管仲」は知らなくても、誰でもこの言葉を知っていたでしょう。

私が「ああ、この人は『常識』がないなぁ」と思うのは、そういうときなのでありまして、何も世間一般と比べてやや変わっているとか、想定外の行動をする人に対してではありません。それは個性や特徴のうちなのであって、誰だってそれぞれ人とは違っているものです。

ましてや諸行無常の人間社会において、何かが「絶対」ということはありません。最近は、冒頭に挙げた「コミュニティ」の時代なんだそうですが、そんなものなら天津にだって昔からあったので、ただそれを「コミュニティ」なんて横文字で呼んでいなかっただけのことです。

今ふと思ったのですが、こうした代替語(新語とは敢えて言いません)を使うことには、使う本人に取って一つの利点があるようです。それは「場の流れを一瞬止めさせる」効果です。何か聞き慣れない言葉を耳にしたら、普通は「ん?なんだって?」と耳をそばだて、次に「それはどういう意味だろう」と文脈から類推しようとします。それでもわからなかったら「あの、すみません、今おっしゃった◯◯というのは、どういった意味でしょうか?」とへりくだって尋ねるでしょう。その間にも話し手はどんどん話を進められるわけで、それだけ優位に立てることになります……

あれ?私としたことが、なんだかジジイのような主張になってしまったでしょうか?私は新しい物を受け入れることのできない、頑迷な老害オッサンになってしまったのでしょうか?いや、たぶん、「新しい考え方やモノを受け入れること」と「昔からあるものにヨコモジ(または似非四字熟語)の名札を付けて呼ぶこと」とは、全く別のことなのだと思います。その見極めは時に非常に難しいものですが、それをしないと、読み・聞きかじった言葉を垂れ流す「九官鳥人間」に堕してしまいかねませんから。

フリーランスだからこそ、人と関わりましょうYO!

Posted on : 16-11-2011 | By : sino | In : 地域社会, 経営道

ウェブルさんみたいな有名ブログにトラバ送るのは恐縮至極なんですが、「フリーランスになって半年経ってこの世で一人ぼっちになったことに気付いて究極に失敗した」を拝読しまして、もしかしたらアドバイスになるかも、と思い、書いてみたいと思います。

私も今でこそ仕事を頼める社員がおりますが、起業してから6年ほぼ一人でやってきました。途中、体調を崩したり仕事が暇になったりと、いろいろありましたが、おかげさまでなんとかやれてきております。家で仕事をしている、基本的にフリーランス、などウェブルさんと仕事のスタイルとしては近いものがあります。仕事の内訳としては、都内の企業からWeb関連の仕事を振ってもらったり、後は地元企業や団体のITサポートをやらせていただいたりしています。名古屋周辺と千葉県鴨川市、というだいぶ異なった状況ですが、私自身は仕事は楽しいし(ラクではないけどw)、やりがいもあるし、お金はさほど稼げてはいませんが、まあやっと人並みくらいにはなりました。

さて、ウェブルさんは「人と関われていない」ことでお悩みのことと拝察しました。ここが私と大きく違う点でして、そこに重点をおいてみます。

ご想像に難くないでしょうが、田舎ではITに強い人というのは大変希少です。私も、当初は請負中心に仕事をシフトして行こうと思っていましたが、結局、請負と地元サポートという二足のワラジを履きっぱなしになっています。

というのも、売り上げ的な面はともかく、まさに「人と関わる」という点で、捨てがたいものがあるからです。

請負ですと、どうしても最終顧客とお会いしてお話する機会がありません。地理的に遠いこともありますし、営業エージェントさんがいて、制作会社さんがいて、という中で仕事をしていますから弊社のような存在はなおさら埋没しがちです。

一方、地元の企業・個人ユーザの問題や悩みを解決して差し上げると、それはもう、モロに感謝の念を受けます。作業をしていれば、お茶やコーヒーを出していただけますし、作業が終わって料金をいただいた後も、世間話に興じてしまうことも多いです。

これは一つには、私が地元育ちということもあるかも知れません。「高梨さんはどちらの方ですか?」と聞かれて「天津になります」と答えると、たいていの方は安心したような表情を浮かべられます。冷静に考えれば私がどこ育ちだろうと関係ないはずですが、実際にはそうなんです。

「お客様に感謝される」「笑顔を見られる」「人の役に立っていることが感じられる」という点において、とてもやりがいを感じており、それだけのために続けていると言っても過言ではありません。

ただ、ウェブルさんにそれをやれ、とは申し上げません。名古屋のような都会でどうそれをやったらいいか、私には見当がつかないからです。

ですが、もう一つ、別な側面から「社会と関われる」ことがあることをお伝えしたいと思います。

このブログでも度々言及していますが、私は毎週金曜日、市の公民館で行われている日本語教室にボランティア教師として参加させていただいています。これは市内在住の外国人に日本語を教えるというもので、もうかれこれ4年くらいやっています。もちろん仕事が忙しかったり、体調が悪かったりして出られないこともあるのですが、まあできる限り出ています。

こちらの動機としては、日本語を教えて人の役に立ちたい、というのももちろんありますが、それ以上に「自分がやりたかったことだから」というのがあります。学生の頃、一時期日本語教師になろうかと思って、その課程を取ったりもしていました。諸事情により、その道はあきらめたのですが、今はボランティアとしてやっています。それを「自己実現」というのかはわかりませんけれども。

それに、田舎ですとやはり外国出身の方と関わる機会が少なく、外国人と会うこと自体が面白い、というのもあります。実は先日も生徒の一人(アメリカ人)とFacebook友達になりました。

私がボランティア的にしていることは、他にも消防団や青年会議所(最近はすっかりご無沙汰していますが・・・(汗))、祭りの準備などをする青年団もあり、自分でもいささかやりすぎている気がしています。ただ、私以上に活動されている方もザラにいらっしゃいます。

そして、それらが嫌か?と尋ねられれば断じてNO!です。それらは全て、自分がやりたいからやっていることであって、嫌だと思ったらとっくに辞めています。仲間と会い、一緒に活動し、酒を飲みながらやへえやる(この辺の方言で「世間話をする」という意味」)のは、大変楽しいですし、ウェブルさんが物足りなく感じているところを、満タンにしてくれます。

で、何かと時間に都合がつくフリーランスなら、こうしたボランティア(的)活動は比較的参加しやすいと思うのです。名古屋市周辺のご事情は私にはわかりかねますが、おそらく市役所などに「ボランティア募集」の情報はあるのではないでしょうか。

私は基本的に、ボランティアは自分のやりたくないことだったらやらなくていい、と思っています。当たり前のことかもしれませんが、そうでないと続きませんし、volunteerとはそもそも「自発的に」という意味であって、苦役労働を強制的にやらされるのとは全然違います。

お金にならないことを無理にお勧めするつもりはありませんが、「究極的に失敗した」と思われる前に、試してみるべきことは沢山あることをお伝えしたくて、こんなエントリを書いてみました。ご参考になれば幸いです。

弊社は「ベンチャー企業」なのか?

Posted on : 19-10-2011 | By : sino | In : 地域社会, 経営道

先ほど、かなり小っ恥ずかしいオナニーエントリ上げてしまったので、連投になりますが、草稿から大急ぎで書き上げたのを上げたいと思います。

さて、弊社は2005年3月末から営業を開始しまして、おかげさまで6年と半年になろうとしています。これも一重に皆々様のご支援・ご鞭撻の賜物でございます・・・と通り一辺なご挨拶は割愛させていただきます。w

例えば、新しい企業とお付き合いすることになったりして、自己紹介・自社紹介などしていると、「ああ、お一人でITやられてるんですか。ベンチャー企業なんですねぇ。」などと言われることがあります。また、いくつかのブログに弊社が取り上げられて紹介されるときも、「鴨川で頑張ってるベンチャー」のような記述だったりします。

それが嫌なわけではないんです。ベンチャーと言われるのも無理はないかなぁなどとも思いますし、まあ一応IT分野の仕事もしているし、事あるごとに「鴨川のGoogle」を自称してはばかりませんし(特に酒呑んだとき)。

ただ、自分としてはいわゆるベンチャーとはちょっと違うんじゃないかな、と思っています。むしろベンチャーという名にさえ値しないというか。

例えば、弊社では独自のサービス・プロダクツを永続的に運営しておりません。恥を偲んで打ち明けますと、このサイトにある「弊社謹製Webサービス」には以下のようなものが書かれています。

鴨川市内向け

  • 鴨川人のためのケータイSNS Zeego.org
  • 鴨川最旬情報サイト Kamox.net
  • 鴨川市立図書館⇔Amazon 相互参照ブックマークレット

一般向け

  • NHKラジオ語学番組キャプチャツール
  • Amazon⇔ブックオフオンライン相互参照ブックマークレット
  • 日本一短いURL取得 u4y.jp
  • コメントスパム・トラックバックスパム対策 DNSBL「スパム鯛めし」

この中で、なんとか脈を保っているのは1つだけ(NHKラジオ語学番組キャプチャツール)です。orz

そういう意味で「なんかスゴイ斬新なサービスやソフトを開発して一躍有名になる」といったタイプの企業ではないですよね。

それ以前に、そもそも私が起業したとき、「一発でかいヤマを当てて大儲けしたるぜ!」と鼻息荒く興奮していたか? いや全然。むしろ、釣具屋になりそこねて、「あー俺にはやっぱりパソコンのことしかできねーんだなー」とむしろ負け組的な気持ちが強かったですね。

そういうわけで、弊社はご存じの通りかなり「草食系」なIT企業であるとは言えるかもしれません。ガンガン営業をかけるわけでもなく、私と社員が食える分が仕事があれば、それで満足しております。

「ドジョウプログラマ」でありたいなぁ

Posted on : 27-09-2011 | By : sino | In : プログラム道, 地域社会, 経営道

私のしていることがプログラマなのかはさておき、まあ田舎に暮らしておりますと、IT企業と言ってもパソコン購入の相談に乗ったりとか、ちょっとしたWebアプリを作ったりだとか、パソコンが壊れたから直してくれというのに対応したりとか、ホームページの更新の仕方を教えてくれとか、LANケーブルの配線からクラウドシステムまで、ありとあらゆることをしませんと、生活していかれません。

一昔前はプログラマ定年38才説だとか、いや35才だとか色々言われておりました。プログラマはそのくらいの年齢になると体力が低下し、ゴリゴリコーディングすることができなくなる、だから早々に見切りをつけてSE(システムの設計をする人)になった方がいい、というのが通説のように言われておりました。

確かに納期直前の慌しさとかエンバグ対応とかは、それなりにハードで、◯日間貫徹なんてこともあるんですが、それは概してプログラマが自由を求める人種であるからであって、悪く言えば納期前にならないとエンジンがかからないプログラマが大半(だと思うw)だからなんだと思います。

では、コーディングが嫌か、と言われれば、断じて”NO”です。私の同期の中にはいわゆる上流工程やクライアントとの交渉、マネージメントの方向に行ってしまった人たちもいるんですが、彼らがやっていることが面白そうだとは思わない。

問題のあるプログラムを調査して長いこと原因がわからなかったバグを潰したり、顧客と電話でやりとりしながらライブ感覚でコーディングしたり、時には自分用に作ったソフトを利用しやすい形に直して公開して大衆から絶賛を浴びたり、もうそういう感覚が楽しくってしょうがない。そりゃあ時には辛いことはありますけど、それはどんな仕事だってそうですし、それを補ってありあまる達成感はこの職業でなければ味わえないんじゃないかな、と思ったりもします。

だから、私はドジョウプログラマでありたい。

ドジョウのように泥臭く、お高くとまって喋ることばかりが上手な上流屋さんに堕することなく、最新の技術トレンドを追い、ワクワクし、鍛え抜いた集中力と、なぜか身についた勘を駆使しつつ、下手くそなコードを量産していたい。そして見積りはやや強気で出す。w

そんな風に暮らしながら、田舎でうまい魚食いながら年を取っていければ、最高だよなぁ、と思う今日この頃なのです。

天津の田舎もんがNYに行く の巻 – Final

Posted on : 09-09-2011 | By : sino | In : 地域社会, 外国語道

フェイスブックには現地でのレポートを載せておりましたが、こちらは更新しておりませんですみません。9月6日の早朝、無事帰還致しました。(`・ω・´)ゞ

ええと、最初に断っておきますが、ニューヨークでは、皆さんがご想像するような遊びは全くしませんでした。なぜって?食べ物が想像を絶するくらいまずいのに、そんな気まるで起きませんよ。「衣食足りて生殖を知る」と先人の言葉にもあるように(ウソ)、人間、食欲が満たされないとそういう気にはなれないもんです、なかなか。

2,3日ならともかく1週間以上滞在するのであれば、食品武装を万端に整えていくことを強くお勧めします。私は鈴木さんのアドバイスにより、カップラーメンとインスタント味噌汁を持ち込みましたが、これに大変救われました。

2日目の朝にして耐え切れず手をつけたカップラーメン

他に、削り節のパックや、固形コンソメ、梅干しなどもいいと思います。

それはさておきまして、ニューヨーク、観光という点ではなかなかよかったです。特にマンハッタン島のダウンタウン(南方エリア)は、ぶらぶら歩いているだけで、なんとなく映画で聞いたような地名に出くわし、「お、ここがあれかぁ」と飛び込んだり。キッチリキチキチ計画を立てて行くのは休日の過ごし方としてふさわしくない、と考えている私のような人にはオススメな観光地です。だいたい周りがガイジンばっかりなんですから、嫌でも異国情緒に触れることはできます。w

というわけで、ざっと現地で取った写真をご紹介したいと思います。

ほんとはこれ以外にも行ったところはたくさんあるんですが、あんまり写真撮るのが好きじゃないんで、有名なところを抜き出しました。

ところで、観光はまあまあ楽しめたんですが、えらく難儀したのが買い物や飲食店での注文など、やはり日常の生活に関わる事どもでした。

実は、ハリケーン・アイリーンの影響で、ニューヨークの前にデトロイトで一泊することを余儀なくされました。モーテル(?)みたいなところに泊まったのですが、そこでは食事を自分で取る必要があります。近くにコンビニのような店があったので、そこで買い物したんですが、レジに商品を持ち込むと、店員のオバチャンが “How are you?”と聞くんですね。学校英語だとたいてい “May I help you?” と尋ねられると教わるんですが、”How are you?”は教わってなかった。

で、教科書通り “I’m fine thank you, and you?” とニッコニコしながら答えたら、

相当けげんな顔をされました。orz

こういう場合、なんと答えるのが正解かというと “Fine, thanks.” くらいを、モゴモゴっとつぶやけば十分なようです。

あとは例えば食事するときにコーヒーを頼んだとしましょう。日本だと、砂糖やミルクはコーヒーに添えられて出てくるか、自分で勝手に使えるようになっています。が、アメリカではほとんどの場合、注文するときに”With milk and sugar?(砂糖とミルクは要りますか)” と尋ねられます。よくよく聞けばわかるんですが、こっちはそう尋ねられることを想定していないので、戸惑うんですね。これ以外にも、サンドイッチは温かいのにするか冷たいのにするか、ソースは何にするか、サラダのドレッシングは何がいいか、などなど、実にいろいろなことを尋ねられます。つらつら考えてみるに、奴らは、こういう選択肢が多ければ多いほどいいサービスなのだと考えている節があります。

こうした会話以外にも

  • デトロイトのタクシーではバスターミナルから空港近くまで、行きの3倍の料金をぼったくられたり
  • 宿のシャワーの出し方がわからず、20分以上バスルームで悩んだり
  • 夜中の3時に地下階で洗濯しようと思ったらクォーター(25セント硬貨)が足らなくなり、近くのコンビニまで3回両替しに行ったり
  • スーパーでうどんが売っていたので見ようとしたら、箱ががばっとあいて中身を床にぶちまけたり
  • ビールを買おうとしたら、レジのチャンネーに「あんた、年齢足りてんの?ID見せなさい」と言われたり
  • 楽しみにしていたグラウンドゼロは再建工事中で全く立ち入れないことがわかったり
  • おみやげに買ったビーフジャーキーは税関で取り上げられ、しかもピクルスが一瓶スーツケースの中で全開していたり

これ以上はないくらいズッコケまくりな体験ばかりでした。

ニューヨークを歩く上で覚えておいた方がいい英語の言い回しを2つだけご紹介します。それは “Excuse me, sir.” と “Can I have 〜?” です。

特に前者は必須で、やつらは自分の背後や周囲の状況に全くといっていいほど注意を払いません。通行人がいるにもかかわらず平気で道を塞ぎ、 談笑などしています。こういうときには、びびって回り道をするのではなく、丹田(へその下)に力を込めて “Excuse me, sir!”と、ややイラついている体ではっきり言うと、道を開けてくれます。後者は食事をするときももちろん使えますし、買い物にも、機内食の選択にも使えます。「キャナイハヴ」の後に自分の欲しいものの名前を入れればいいだけです。

あと、もしかすると道を尋ねられることがあるかもしれません。まさかとお思いでしょうけれども、実際私も何回も道を尋ねられました。どこから見ても日本人だったでしょうし、片手には地下鉄の地図を持っていたにもかかわらず、です。(さらに驚いたのは、なんとかそれを教えることができてしまったらしいことです。)そういうときは、”Sorry, I’m new to here.” でOKです。

ハリケーンのケツを蹴っ飛ばしながら地球の裏側まで出張って思ったことは、「やっぱり天津が一番いい」ということです。食べ物は何でも安い上にうまいし、子供だけで出歩いても全く心配ないくらい安全だし、気が効いて親切な人ばかりだし、公共交通が多少不便ではありますが、そんな欠点は補ってありあまるほどの長所が天津や鴨川にはあります。

 

天津の田舎もんがNYに行く の巻 – Part.4

Posted on : 27-08-2011 | By : sino | In : 地域社会, 外国語道

最近このネタばっかりですいません。(汗) いよいよ明日早朝(6:55)、羽田を発つことになりました。

しかしここで思わぬ伏兵がっ! なんとハリケーン・アイリーンがアメリカ東海岸を襲いつつある模様。NY現地時間で27日の正午以降は市内の公共交通機関(バス・地下鉄など) が全面的に不通になるとのことです。Σ(゚д゚lll)ガーン 現地に住んでいる方によると「こんな事態は今までなかった」とのこと。俺、今まで自分が折り紙つきの晴れ男だと思ってたんですが、ちょっと考えを改めることにしました。orz 先日はバージニア州でM5.8の地震があったし・・・。

まあでも、約1週間の滞在期間ですし、1日や2日カンヅメになるのも得難い経験と思えばなんくるないさー、と思うことにします。ハリケーンにも負けず、地震にも負けず、天津の田舎もんはニューヨークに行って参ります!(`・ω・´)シャキーン

末尾になりますが、ここまでの準備の間、現地の友人や、弊社社員鈴木さん、友人・知人その他色々な方から、貴重なアドバイスをいただきました。どうにか出発まで漕ぎ着けられましたのも皆様のおかげでございます。また、私が不在の期間中お客様はもちろんのこと、地域社会でおつきあいいただいている方々にはご不便をおかけ致しますが、なにとぞよろしくご了承くださいませ。

それでは行ってきまーす!ε=ε=ε=ヾ(´∀`*)ノ

「すばらし」くて「画期的」なものなら、「身銭を切って」か「儲けを視野に入れて」やるべき。

Posted on : 03-08-2011 | By : sino | In : Kamox.net, 地域社会, 経営道

ああもう、ほんとはこんなエントリなんて書きたくないんです! 人の発言ややっていることに外から批判を加えるなんてカッコ悪いことこの上ないと自分でも思います。が、自身の良心と信念に照らし、心を鬼にして言わなければならないことも、世の中にはあると思い、書いております。

さて、何をそんなに憤っているかというと、祭りがあったので久しぶりにネット上の情報をチェックしていたら、房日新聞のサイトに7月21日付で下記のような記事が掲載されていました。(中略と強調は高梨)

鴨川のまちづくり支援事業 応募した10団体 すべてに補助金

鴨川市は20日、市民グループが提案・実施するまちづくりの取り組みを支援する今年度の「みんなで育て鯛!まちづくり支援事業」の採択結果を発表。事業提案のあった10団体すべてに対し、補助金交付を決めた。

採択団体と事業計画の概要は次のとおり。
(…中略…)
【立ち上げ支援コース】=補助金上限10万円
(…中略…)
▽かもナビ市民交流メディア創造プロジェクト=市民参加型の市民活動ポータルサイト、市民交流メディアの構築

一瞬、目を疑いました。「え?かもナビって補助金受けるの?しかも、2008年からやってるのに今さら『立ち上げ支援コース』???」

「補助金受けるのがなんで悪いの?」と思われる方も多いかもしれません。私自身、(社)鴨川会議所の活動などで、少なからぬ助成金をお預かりしながら事業を担当させていただいた経験もありますし、補助金なり助成金を受けること自体を云々したいわけではないのです。

ガマンがならないのは、「中の人」の一人が2008年5月30日付でこういうことを書いていることです。(強調は高梨)

補助金体質から脱却しよう!

ここ最近、鴨川市の観光関連(もっと言えば、街づくり)プロジェクトに参加しているが、鴨川のみならず、全国どこでも染み付いてしまっているのが補助金体質である。
さまざまな団体、組合が存在するが、そのほとんどが補助金をあてに運営している。まず補助金ありき、の世界なのだ。
もっとも補助金を拠出している自治体ですら、国や県からの補助金を期待しているのだから、これは全体的な問題と言える。

私は補助金自体は否定しない。
だが、いまの補助金のあり方は根本的に間違っていると思う。
以前、長い年月が経過し、自己改革が行われていないと、組織のための組織になってしまう、ということを述べたが、補助金もまさにその通り。
初心を忘れて、利害のからんだ、各方面の自治体や団体を維持するためのお金になってしまっている。

何かプロジェクトをやる、というときに、真っ先に補助金は下りるのか、下りるならいくらあるんだ、という話になる。
これでは本末転倒である。

本来は何かプロジェクトを進めるにあたって、これはすばらしいものだが、財源的に足りないから、一部を補助金で補ってもらおう、というのが補助金のあるべき姿である。
これが逆になってしまっているのだ。

私は声を大にして言いたい。(というか、機会あらば言っているが…)
補助金体質から脱却しようではないか。
補助金ありきの議論ではなく、自分たちの知恵を出し合い、工夫して、いかに自主財源、自分の体力の中でできるかを考えるべきだ。
もちろん大きな困難は待ち受けているだろうが、それと対峙し、乗り越えていくところにプロジェクトの醍醐味があるのであり、さらに乗り越えたとき、それは大きなノウハウになるのである。

いま取り組んでいるポータルサイトだって、私は新たな補助金を安易に引っ張るのは反対だ。
それじゃ、おもしろくない。
お金がない中で、各団体も、また制作会社も、いかに工夫をしてすばらしいものを作り上げるのか、そこに本当の価値がある。
それができたら、それこそ、全国の画期的なモデルケースの一つになることは間違いない。

私はかつて経営者であったとき、基本的に外部のお金は一切入れなかった。
補助金もこちらから率先して頂いたことはまずない。
他人のお金を入れて、資金潤沢の中、経営をするのは確かに財政的には楽だろう。
だが、全くおもしろくないし、そういった経営は経営の一番の醍醐味を自ら放棄してしまっているようなものだと思う。

「マネーの虎」というテレビ番組があった。
成功した経営者が起業を目指す人のプレゼンをきき、納得すれば投資する、という番組である。
だが、私は投資された人は必ずしも成功者にはなれない、とよく社員に言っていた。
それはこれまで述べてきたことである。
最初から目標資金の中でやったって、おもしろくないからだ。
そこに経営ノウハウは見出されるはずがないのである。

鴨川ポータルサイトを進めていく中で、みな予算の心配をする。
確かにそうだろう。
これだけ規模のでかいウェブサイトを構築するのだ。
普通に考えたら、莫大なコストがかかりそうなところである。

だが、私は「心配いりませんよ。なんとかなりますから」と話す。
根拠も自信もある。
今回少なくとも作り手の一人である私は、このプロジェクトを案件の一つとしてとらえていないからだ。仕事としては考えていないからだ。
むしろ、鴨川を愛する、郷土を愛する一人として、自分のできることをそれを何よりも優先して実行することに重きをおいているからである。

最初から予算を決めてしまっては、その予算内の妥当な仕事しかできない。
そんなのはおもしろくない。
予算は二の次。内容重視。
これだけの内容をたったこれだけの予算でがんばってやったのだ、というところに本当の仕事の価値もある。

いまこそ、補助金体質から脱却しよう!
それが地方、もっと言えば、日本を救う一つの端緒となる。

内部的な事情はよく知らないのですが、トップページに「有料バナー募集」のバナーや「リンクのお願い」がずっと載っている辺りから察して、失礼ながら予算が潤沢にあるわけではないんだろうなぁ、ということはお察ししておりました。補助金を受けるに当たって上の記事を書いた岡野氏の一存で決定したわけではない(願わくは)だろうこともわかっております。

がしかし、こうまで書いたのなら、

「俺達絶対補助金なんてもらわねーから。w 自分らで金が入ってくるようにするつもりなのに10万ぽっちの補助金ってどんだけwww」

くらいの気概は見せて欲しかったのでありますよ。orz

もちろん「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」と申しますし、3年も経っておりますから、今とは事情が異なるということもあるでしょう。ただ、逆に言えば、3年もやっていて、まだ「立ち上げコース」という名の補助金に依存しなければならないのだったら、いっそのこともうやめ(以下自粛

かくいう私自身も地域ポータルを作っては潰し作っては潰してきた身ですので、あんまり偉そうなことを言えた立ち場ではないのですが、補助金はもちろん、他の人を巻き込んでまでやろうと思ったことは1ナノ秒もありませんでした。私がやった当時は「ポータル?何それおいしいの?」くらい認知度でしたし、第一他人を巻き込むと自分のやりたいようにできないですし。だいたい1人でも100人分、1000人分のことができるのがITのいいところなのに、それが体現できなくて何がポータルサイトかと。

ああもうこういうこと書いてる自分が情けなくなって、マジでなんかやりたくなってきた! 結果どうなるかわからんけど、やれるだけのことはやってみる!