世界で3番目に有名な「高梨」かつ 鴨川市で1番の「IT企業」になりました。(゚∀゚)

Posted on : 28-07-2011 | By : sino | In : 地域社会, 経営道

SEOなる言葉に全くといっていいほど興味がわかないなんちゃってIT企業社長の高梨です。

今日、あるお客さんのところで雑談をしていたら「この前『高梨』って検索したら高梨君の会社がずらっと出てきてびっくりしたよー」という話になりました。前からサジェスト(検索キーワードを途中まで入れると候補が表示されるやつ)で「高梨it」がちらちらしているのは知ってたんですが、試しにYahoo!にて「高梨」で検索してみたら

  1. タカナシ乳業株式会社
  2. 高梨臨オフィシャルブログ
  3. 高梨臨Wikipediaページ

に続いてなんと4番目にランクイン! 最近ジャンプスキーで名を馳せている「高梨沙羅」ちゃんを大きく抜き去り、実効順位としては第3位です。

まあもちろん「高梨」姓自体が、鈴木・佐藤・高橋などのメジャー苗字に比べたら少ないってのもあるんですけどね。。。

では、「鴨川市  IT企業」ではどうか。平素、不遜にも「鴨川のGoogle」を自称している弊社としてはいいところを狙いたい。

というわけで、ドン。

トップに来ていました。これって、ある意味地域一番店ってことですよね? その割に儲かってないのはなぜなんでしょうか? orz

どうせなんかSEOやってるんでしょ、と言われそうですが、ほとんど何もしてません。サイトマップも作ったほうがいいんだろうなーとは思いつつ作ってないですし、アクセス数もたまーに(2,3カ月に一回)くらいチェックするくらいで、これといって対策らしい対策はとってないです。

ま、SEOなんて姑息な手段によらずとも、面白いコンテンツを定期的に載せていけば自然とアクセスなんて稼げるもんです。

Excel 2003 で共有フォルダの .xls ファイルを開くのにものすごく時間がかかる件

Posted on : 13-07-2011 | By : sino | In : 地域社会, 計算機道

未だMicrosoftプロダクツから脱却できない、しかも諸々の事情により、新バージョンに乗り換えることのできない皆様こんにちは。

弊社のあるクライアントから「ストレージサーバ内のファイルの開きが悪い」との報告を受け、この何日か原因を探っておりました。「悪い」ってのはどういうことかというと、開くのにものすごく時間がかかり、タイムアウトしてしまい、その結果としてExcelが落ちるということでした。

私のVirtualBox内では現象が再現できなかったため、わからずにいたのですが、今日客先でぐぐったら意外な原因であることが判明したのでお知らせしたいと思います。

こちらにあるように、この現象の原因は、最近配布された「Microsoft Office File Validation Add-in (OFV: Office ファイル検証機能)」にあるようです。実際、弊社の環境でもこのアドインをインストールした状態で、共有フォルダ内の .xls を開こうとしたらやはり「開きが悪」くなりました。

さらにM$らしいというか、上記ページに書いてあるレジストリの位置が間違っています。w 大丈夫か、M$ !

誤:HKEY_CURRENT_USER\Software\Policies\Microsoft\Office\11.0\

正: HKEY_CURRENT_USER\Software\Microsoft\Office\11.0\

というわけで、この不具合を回避するレジストリを配布させていただきます。

OFV-fix.zip

OFV-fix.zip

 

ご注意! このレジストリを適用する前にバックアップを取ることを「強く」お勧めします。また、適用したことによる引き起こされた不具合・データ消失・その他いかなる損害についても、弊社は一切責任を負いません。適用はご自身の判断にて行ってください。

というか、M$の尻ぬぐいは勘弁して欲しいっす。。。みんなLinux使ってHappyになろうぜ!

震災で学んだ情報管理

Posted on : 19-03-2011 | By : sino | In : 地域社会

改めて申し上げますが、この度の震災で被災された方々には心よりお悔やみ、お見舞い申し上げます。

さて、私もこの1週間というもの、ネット、マスコミから随時情報を得ていました。その過程でいくつか分かってきたことがあるので、整理しつつまとめてみたいと思います。

ネット、特にツイッターはかなり有効

もちろん、不確かな情報やデマが出回ることもあります。しかし、何分か経つとほぼ例外なく「それはデマだ」という、裏が取れたもっと信頼に足る情報も必ず流れます。

私の場合、フォローしている(こちらから注視している)人は456人、フォローされている(私に注目している)人は400人といずれにせよそんなに多くないのですが、それでも今回は必要充分な情報が回ってきました。

また、今回、「拡散希望!」の類は敢えてリツイートしませんでした。それが本当かどうか、私にはすぐに判断できませんし、裏が取れるツイートが回ってくるころには、すでにもっと大きなメディア(ブログやマスメディア)で取り上げられていたからです。

「じゃあツイッターの意味ないじゃん」と思われるかもしれませんが、それ以外にも、自分なりの意見だったり、日常的なつぶやきなどもあるわけで、それはそれで心を落ち着かせるのに大変有効です。

ツイッターのみならず、Facebookで知り合った海外の友達(地震の前に急に増えました。主にカンボジア)からも応援のメッセージを沢山いただきましたし、また日本人以外とチャットなどしていると一時気が紛れていいものでした。

福島原発については、国内マスコミと併せて海外メディアのWebページも見ていましたが、避難区域、および関東周辺には問題視されるべき量の放射能はないという点で報ずるところはほぼ一致しておりました。もちろん、原発プラントの状況は今なお予断を許されない危機に見舞われてはいますが、ひとまず政府・東電の情報を信頼してもよさそうです。

むしろ今回ひどかったのは・・・

政府当局および東電、またそれを報じるマスコミ各社でした。主なものを挙げてみると

  • 原発事故発生当初の情報の混乱。特に内閣・原子力保安院・東京電力それぞれ言うことが違っていた。これでは国民の不安を徒らに煽るだけです。特に保安院の最初の会見はやった意味が全くなかった。
  • 記者会見で質問する記者の質。見ているこちらが東電に同情したくなるくらいの高圧的な質問。また会見に臨むまでにできたはずなのに、ろくな勉強もしていないことがまる分かりでした。私たちは記者さんたちも、見ているのですよ。
  • 今だに続く政府の情報公開の遅れ。枝野官房長官の冷静で的確な応答には感心させられましたが、それを差し引いても政府の情報公開への煮え切らない態度は不満が募ります。特に野党時代、あれだけ自民党政権に情報公開を求めていた民主党にしては全くその点不足している。

などの点でしょうか。原子力発電所やガスタンクなど、危険性の高い施設を扱う大企業は災害時、現場で復旧にあたる担当者はもちろんですが、それと併せて災害広報担当者を設け、わかりやすく正確な情報を知らせる備えをしておいていただきたいものだと思いました。日本では否定的な意味で使われることの多い「レトリック(修辞学)」ですが、こうしたときには大変役に立ちます。

大切なのは「心のフィルタと理解力」

私の周りには、比較的しっかりした人が多いのでその点安心してはいるのですが、このような時はパニックに陥り、判断力を失うことが一番危険です。自分だけでなく、他の人をも巻き込み、影響を広げることにもなりかねません。

またそうならないためにも、時々刻々と流れる情報を理解し、評価し、判断をくだす能力も必要です。卑近な例で恐縮ですが、一発目の地震が起こってから避難所に避難したのは近所ではうちの母だけでした。幸い、この辺りは被害も少なくて済んだので、取り越し苦労と今になっては笑えます。ただ、もし東北のような大津波になっていたら、笑うことさえできなくなっているわけで、それを思うと背筋が凍ります。そういう意味で、手前味噌ながら、母の判断は正しいと言えるでしょう。

今もなお余震は続いていますし、原発プラントでは懸命の作業が続けられています。復興に向けての生活支援も官民あげて始まっています。また残念なことに義援金詐欺も発生しているようです。まだまだ油断は禁物、とはいえ、的確な判断力を失わず、社会を止めず、復興に向けて一歩ずつ歩んでいきましょう!

[東北地震]弊社および高梨の状況について

Posted on : 12-03-2011 | By : sino | In : 地域社会, 経営道

お客様各位ならびにおつきあいいただいている皆様

日頃は大変お世話になっております。代表取締役 高梨でございます。
海に近いところに在しております弊社について、ご心配いただいているかと存じjます。まず、私自身、および家族ともども無事でありますことをお知らせさせていただきます。物質的な被害も被っておりません。

以下、弊社でご提供しておりますサービスにつきまして、状況をお知らせ致します。

メーリングリストをご利用のお客様

メーリングリストが稼働しているシステムは米国にホスティングされております。よって今回の地震による影響はほぼないと存じます。ただし、国内回線事情により、大容量のメールが発信できないなどの事象が発生するかもしれません。回線の復旧をお待ちいただいてから送信いただきますようお願い致します。

Webサイト、ブログ等を弊社でお預かりしているお客様

サイトのデータは東京のデータセンターに保管されております。これを書いている時点で全てのデータに異常は発生しておらず、安全に保管されていることを確認いたしました。

コンピュータ、その他修理などでハードウェアをお預かりしているお客様

物理的な被害は全く被っておりません。引き続き、修理作業を継続させていただきます。

その他、弊社内部の情報・データに関して

地震発生直後、ファイルサーバを安全な場所に退避いたしました。現在復旧作業にあたっておりますが、業務への支障は全くありません。

鴨川市内の状況について

海に面している当市にお知り合いがいらっしゃる方のためにお知らせします。私(高梨)が昨日、消防団で待機中に見聞きした範囲では、一部地域で停電が発生しましたものの、人的な被害および家屋の浸水・倒壊などは起こっておりません。報道されているように、今回の震災の被害は想像を絶する規模になっておりますが、当地では幸いにも比較的被害が少なく済んだ地域と言えます。

最後に、今回の地震により、亡くなった、あるいは被災された方々へ衷心よりお悔やみ、お見舞い申し上げます。皆さま、どうかご無事でいらっしゃいますよう。

10分じゃできなかった “Hello World” on JRuby/GAE までの長い道のり

Posted on : 11-03-2011 | By : sino | In : Hacking, プログラム道, 地域社会

Google App Engine が Ruby信者にとっての踏み絵に思えて仕方のない三寒四温の今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

Chiba.rb の会合をなんと鴨川でやるということになり、迂闊にもこんな発言をしてしまいました。

https://groups.google.com/group/chiba_rb/msg/ff7c6ebb9fe22058?hl=ja

高梨@鴨川です。
こしばさん、お誘いとご提案、本当にありがとうございます。 m(__)m
鴨川での開催はいつでもウェルカムです。場所取りはなんとかしますので。
あと、わたし的にご提供できるネタとしては

* RoR on GAE (環境は構築したものの未着手w)
* mod_rubinius 構想 (計画段階)

という非常に中途半端なものがあります。(笑 まあ勉強会のために勉強するのが自分のためにもなる、と思っておりますので ご容赦ください。
皆様、これからもよろしくお願い致します。

場所取り云々は知り合いに頼んだのでなんとかなるとして、問題は発表するネタのとこです。

最近、仕事の案件はPHPべったり、ホビープログラミングはGAEのPythonべったりだったので、Rubyからは遠ざかっていました。まあこんな記事もあることだし、ちゃっちゃとできるっぺ、とタカをくくっていました。そんなところが房州天津人の甘いところです。現実はいつも厳しいもの。

ええとまず、ソフトは出来る限り最新の物をというポリシーで生きてますので、/usr/local/bin/ruby -v の出力はもちろん1.9.2-p180でした。でも、これが良くないらしいということに気づいたのが、作業開始から 30分ほど経ってから。

で、rvm というもので複数バージョンのRubyを共存できるらしいと知り、rvm環境内に1.8.7系をインストールするのに20分。

さて、大変なのはここからでした。まず、「10分ではじめる GAE/JRuby (OAuth + Sinatraのサンプル)」という記事の日付ですが 2009年9月3日になっています。つまり、もう1年以上前の情報。そこからたどれるのもそれより前のものです。というわけで、JRuby/GAE にも変更があります。

結果としては以下のような手順になります。

$ rvm install 1.8.7
$ rvm use 1.8.7
$ gem install google-appengine -v "0.0.19"
$ cd /to/your/source/directory/
$ appcfg.rb generate_app appid
$ dev_appserver.rb appid

これで開発用ローカルサーバが立ち上がりますが 、

javax.servlet.ServletContext log: WARNING: no rackup script found. Starting empty Rack application.

という不吉な警告が出ます。http://localhost:8080/にアクセスすると、案の定

Internal Server Error (500)

になります。で、これの原因は jruby-rack のバージョンが「新しすぎる」ためで、Gemfile 中で1.0.6 未満を指定するとうまくいきます。こんな感じ。

$ cat appid/Gemfile
# Critical default settings:
disable_system_gems
disable_rubygems
bundle_path ".gems/bundler_gems"
# List gems to bundle here:
gem "jruby-rack", "< 1.0.6"
gem 'appengine-rack'

で、改めて dev_appserver を立ち上げて、ブラウザでアクセスすると・・・

Hello

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 表示されました!

コマンドラインだけ並べるとなんてことないですが、原因追究してもエラーメッセージぐぐっても思うような情報が得られなかったり、でさんざん苦労しました。

つーか最新バージョンでうまく動かないってのはどうなんでしょーね。私の環境を書いておくと

$ uname -a
Linux messarina 2.6.35-27-generic #48-Ubuntu SMP Tue Feb 22 20:25:46 UTC 2011 x86_64 GNU/Linux
$ lsb_release -a
No LSB modules are available.
Distributor ID:	Ubuntu
Description:	Ubuntu 10.10
Release:	10.10
Codename:	maverick$ java -version
java version "1.6.0_24"Java(TM) SE Runtime Environment (build 1.6.0_24-b07)
Java HotSpot(TM) 64-Bit Server VM (build 19.1-b02, mixed mode)

こんな感じで特別なわけではないんですが。

Railsまでたどり着くにはまた別の道のりが必要でしょうが、ここまでの作業で私は心が折れました。orz

とりあえず自分がやりたいことにRailsは必要なくて、JRubyが動けばいいだけなので、今日のところはここまでにします。皆さまの健闘を祈ります。

クラウド/ソーシャル/スマホ時代のLUG(Linux Users Group)の意義って?

Posted on : 28-02-2011 | By : sino | In : 地域社会, 未分類, 計算機道

今回は地元ネタではなく一部知人に読んで欲しくてこんなエントリを書いています。詳しくない方にも理解しやすいように適宜解説を挟みます。

昔々、といっても10年くら前ですが、地域LUG(Linux Users Group)が日本各地で勃興した時期がありました。Linuxとは何か、というと、誰でも自由に(もちろん無料で)使え、ソースコードも公開されていて、改変も自由、という技術に詳しい者に取っては大変魅力的なOSのことです。(同じような方針で開発されているOSは他にもいくつかありますが、Linuxが一番普及しているでしょう)

で、そのLinuxに魅せられた人たちが、中央(主に東京)だけでなく、地方(主に都道府県単位)にも同好会を作ろう、という趣旨の元に立ち上がったのが「地域LUG」です。大学のあった草加から千葉に移り住んだ私も CLUG (Chiba Linux Users Group) の立ち上げ、運営に参加しました。

当時はITバブル(?)の真っ最中だったので、サーバー(インターネットの向こう側にあるコンピュータ)分野で高い信頼性を誇っていたLinuxは大変持てはやされていました。何より、私が前々職で何をやっていたかといえば、そのサーバーコンピュータを作ることでした。「作る」といっても、コンピュータの部品を組み合わせてモノを作るのではなく、出来上がっているハードウェアに必要なソフトをインストールし、顧客の要求にあったものにする、という作業が主になります。Webプログラミングは、どちらかというとその延長線上で始めたことで、故に特定の言語にこだわらず、あっちの言語を覚えてはこっちの言語もかじり、という感じで勉強してきました。まあ「狭く深く」というより「広く浅く」やってきたと言えばいいでしょうか。

それはともかく、CLUGでの経験はやっていて大変楽しく勉強になり、また何より貴重な人脈を得ることができました。具体的にはどういう活動をしていたか、というと

  • 自分のPCにLinuxをインストールすることができなくて困っている人のためのインストール大会
  • 各種勉強会
  • 幕張で行われたIT系の展示会と連動した大々的な飲み会(主催がCLUG)
  • 散発的に行われる、いわゆる飲み会w

などなど、まあ勉強半分親睦半分といった感じでした。もちろんそれなりの規模でやろうと思ったら、打ち合わせ・準備はしなければなりませんけれども、それはそれで、当時のコミュニケーション手段(メーリングリスト・IRC)を駆使して行ったりして、面白いものがありました。

しかしながら、時は移り、「ゆく河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず。」 当時、(ネットの裏側で働く者の間では)あれだけ持てはやされていたLinuxも、それ自体が注目を浴びることは少なくなりました。というより、「あまりに普通になりすぎて、希少価値を失った」と言えばいいでしょうか。

例えば今、何かネット上のサービスを立ち上げるに当たり、サーバ用のコンピュータを購入し、Linuxあるいは他のサーバ用OSをインストールし、T1回線に繋ぎ、といったことをするでしょうか? 普通にWebサイトを立ち上げたいならWebホスティングを契約すればいいですし、ちょっと凝ったことをするならVPSを契約し、予め開発方針が決まっていてスケール性が重要視されるのであれば、クラウド上にサービスを構築するでしょう。いずれにしても、いわゆる「OSのインストール作業」を開発者が行うことは少なくなりました。

ネットの向こう側でなく、「目の前にある端末」の方ではどうでしょうか? ビジネスユースであればWindowsの入ったPCが今だに優勢でしょうが、Ubuntu Linuxなどは、初心者でも簡単にインストールできるようになっていますし、何より携帯端末OSとして目下iOSを追撃しているAndroidはLinuxをベースに作られています。つまり、DoCoMoのHT-03A, Xperia, Galaxy S/Galaxy Tab, AUのISシリーズ、そして私が使っているNexus Oneなどなどのスマートフォンを使っている人は、そう意識しているかは別にして、立派なLinuxユーザということになります。

そうそう、企業でよく使われているNASあるいは「パーソナルクラウド」と呼ばれる製品も、中に入っているOSはおそらくLinuxでしょう。そして、昨今の家庭に普通に置いてある薄型テレビのOSもLinuxになっていると聞いたことがあります。つまり、茶の間で笑点を見ているおばあちゃんもLinuxユーザ。w

そうなんです。今や我々が一時期躍起になっていたような普及活動をするまでもなく、Linuxは「当たり前」になってしまいました。その自由度・柔軟性・信頼性の高さの故に。「見よ、Linuxは遍在する。」 リーナス自身、「OSは誰からも見えない存在になるべき」と言っていますし。

さて、そこで提起したいのが、「地域LUGの存在意義」です。もちろん、「もう意味が無いからやめよう」というのが論旨ではありません。Linuxというキーワードの意味が希薄になった今、どうやって運営するのがいいのか、を考えたいと思うのです。まあ、もう少し早く気づけ、というツッコミは無しで。w

例えば、Webサイト。越後Linux Users Groupさんのサイト(Wiki)に各地域LUGサイトへのリンク集があります。チェックすると、事情はどこも似たようなものらしく、404 Not Found, NXDOMAINのオンパレード(笑)。また、サイト自体は存続していても、長らく更新されていなかったりで、残念な感じが漂います。かくいうCLUGも人のことは言えず、辛うじてメーリングリスト用のMXレコードは有効ですが、Webからアクセスできる情報はありません。

先ほど、Linuxそのものは脚光を浴びなくなった旨のことを書きましたが、インターネットそのものは衰えるどころか、そこに流れる情報量は益々増えつつあります。潮流としてはWeb 2.0、そしてSNS, Twitter, SBMなどのソーシャルメディアの発達はこの記事を読まれている方なら先刻ご存じのことでしょう。

もちろん、Webだけがネットではありませんが、LUGをコミュニティとして考えた場合、その「中の人」に注目を当ててもいいのではないか、と思います。その一つの手段として、ソーシャルメディアを利用し、参加者の ブログ、ツイート、ブックマーク をアグリゲートして見せる、というのもありなのではないかと考えます。まあ、その場合、Linuxに関係のない内容も載ることはあるでしょうけれども、そうした面も含めて「中の人」自体をコンテンツにすると考えていただければ。

でもね、分かってるんです。いくら「先進的な、管理しやすい、見た目もきれいな」サイトを作ったって、結局は各人のモチベーションが大事なんだって。そのコミュニティの活況というか臨場感というか勢いのあるなしというのは、どうしたって読み取られてしまうものです。私自身、企業のWebサイトを一見すれば、その会社がどんな感じか、だいたい分かります。それは、いくらデザイナーさんが一生懸命ピクセル単位のデザインにこだわっても、いくらプログラマがAjax/Flash使って使いやすいUI使っても、いくらSEO屋さんが被リンク数増やしても、わかるものなんです。

とりあえず、Webに関しては「私自身の実験・趣味」として再構築したいと思います。そっから先、どうするかは、古き良き時代に行われていたように、飲みながらでも考えましょう!

今さら聞けない「スマートフォンって何がいいの?」講座

Posted on : 20-02-2011 | By : sino | In : Android, 地域社会, 計算機道

日々携帯で悪さをしている、不良大人の皆さまこんばんは。w

最近、各種メディアでも話題になっているスマートフォン、私の周囲でもだいぶ見かけるようになりました。でも、使っているのはまだ比較的ITスキルの高い、「ニイモン好き」な方々に限られるようです。このブログをお読みの方にはそうでない方も多いと思い、差し出がましくもこんなエントリを書いてみました。

さて、そのスマートフォン、略してスマホですが、一見すると

  • バッテリーの持ちが悪い
  • ワンセグが見れない
  • お財布ケータイ機能がない(最近の機種にはついているものもある)

など、「むしろ不便なんじゃないの?」と思われるような短所があります。じゃあ何が嬉しくて使うのか?

鍵は、これまた最近話題の「クラウド」との連携にあります。例えば、メール。

普通、メールというと相手から送られてきたメールはすぐに携帯に入り、読めるようになります。でも、その携帯をなくしたり壊してしまったら? 最近、両国辺りでは携帯がよく壊れるようですが、そうなったら専門の業者に頼まないとデータを復旧できません。それも運がよければの話で、できない場合だってあるでしょう。

でも、メールをクラウドに置きっぱなしにしておき、必要な都度、スマホやパソコンから見るようにしておけば、そのクラウドの設備が壊れない限り、データが失われることはありません。私の場合、自分宛てのメールは過去8年間分をGoogleのクラウドに預けてあります。その容量は、というと、約2.7G。仕事柄、大きめのファイルを受け取ることもありますし、メールの総数もかなりのものになります。その私でも8年で3Gいきません。Googleの場合、無料で7Gまで使えますから、まだまだこの先も余裕はあります。そしてGoogleといえば「検索エンジンの会社」ですから必要なメールを検索することだって楽勝です。

「でも、Googleのクラウド設備が壊れることはないの?」と思われた方、その考察は鋭いものがありますが、あなたの携帯が壊れる確率と、Googleがヘマをする確率、どちらが大きいと思いますか? 弊社ならいつ潰れてもおかしくないでしょうが、天下のGoogleはアメリカ国内はもちろん、世界各所にデータセンターがあり、メールのデータも分散して持っています。(日本にもあるらしいです。)なので、もしどこかのデータセンターが壊滅しても、あなたのメールは他の設備に保管されているでしょう。「でしょう」としか言えないのは私はGoogleの内部でどう管理されているかを知る立場にないからです。

「ってことは、俺orわたしのメールをGoogleに盗み読みされちゃうの?」 規約上、そういうことはしない、とGoogleは謳っていますが、まあしようと思えばできちゃいますよね。が、一個人、あるいは中小企業の持つ情報にGoogleがどれだけ注意を払うでしょうか? あなたが、浮気相手に送ったメールをGoogleが盗み読みして、奥さんに告げ口するというのはありうるシナリオでしょうか?

クラウドによるサービスを展開しているのは、Googleに限りません。私はあまり使いこなしていませんが、Evernoteというサービスもあり、ウェブ上で見つけた記事、スキャナで取り込んだ本をまるごと一冊、あるいはもちろんちょっとしたメモをクラウド上に置けるようになっています。これも例えば、出先でふと思いついたアイデアをEvernoteにメモしておき、後でゆっくりPCを使って検討する、とか、Webからは消失することも多い有意義な情報をEvernoteに取り込んでおき、自分のものとして保管する、などといった使い方ができます。

文字情報に限らず、写真はどうでしょうか? これもスマートフォンで撮った画像をFlickrなどの写真共有サービスにアップロードしておけば、半永久的に失われることはないでしょう。(最近、人為ミスで数千枚を消してしまったケースがありましたが、これはあくまでレアな事故です)

そうそう、携帯電話といえば、何より大切なのが「電話帳」のデータですよね。機種変したら、データが消えていて泣く泣くもう一度登録しなおした、なんて人は多いのではないでしょうか? これもクラウドと常に同期しているスマホなら大丈夫。私の電話帳は約500件のデータが入っていますが、これもクラウド上にもありますし、もちろんスマホにも入っています。パソコンから登録しても、スマホから登録しても常にデータは同期されています。

スマートフォンというと米アップル社製iPhoneが有名ですが、私自身はGoogle発のAndroidケータイ(メーカー・キャリアはいろいろ)を使っています。その理由はいろいろありますが、一番重視しているのが、アップルが「パソコン屋」さんなのに対して、Googleは「ネット屋」であることです。つまり、前者はMacintoshやiPhone, iPadなど、ハードウェアを売ることを重視しているのに対して、後者はネットワークとの連携をサービスの主眼にしています。ハードウェアのイノベーションそれ自体は、私も功績と認めるにやぶさかではありませんが、より重要なのは、ネットワークやソフトウェアだと思うのです。それに、アップルはあらゆる面でクローズド(非公開主義)なのに対し、GoogleはAndroidというOSそのものをオープン(誰でも使えるし、誰でも改変可能)にしています。この自由度の差も、一介の技術者としては考えないわけにはいきません。懐かしいところでは、昔ビデオテープの規格にベータとVHSがありましたが、SONYのベータは他の面でVHSに優っていたのに対し、ビクターのVHSは仕様を他社にも公開していました。結局、どちらの方が市場を席巻したかは、このブログをお読みの皆さまならご記憶ではないでしょうか。

まあ使う側にとってみれば「便利に使えた方がいい」というのはもっともなのですが、開発者としてどちらに食指をそそられるかと言えば、やはりAndroidです。そして、そうしたアーキテクチャ(技術基盤)の方が、勝利を収めてきたことは常に歴史が証明しているところです。

特攻に思いを馳せて木遣り節 マドモワゼルも驚きにけり

Posted on : 14-02-2011 | By : sino | In : 地域社会

毎年のこの季節になりますと、鴨川市消防団第四支団第三分団では旅行にでかけます。団体旅行として悪名高いところでは「ノーキョーのリョコー」が有名ですが、「ショーボーのリョコー」も負けず劣らず程度が悪いかもしれません。w

さて、4日から6日の2泊3日の行程で行ってきたのは、まず鹿児島は知覧。先の大戦で「特攻」「Kamikaze」と称された特別攻撃隊が敵艦隊目がけて離陸していった、あの知覧基地です。「知覧特攻平和館」が建てられており、戦場に散っていった1030柱のご英霊の遺影はもちろん、作戦に使われた航空機、銃後に宛てられた、あるいは銃後から届いた手紙の数々が展示されています。「館内撮影禁止」でしたので、写真をご披露できないのが残念です。

ご遺影を一枚一枚拝見して驚いたのは、一人も、本当に一人たりとも、怯懦・不安・狂気・混乱…などの感情に駆られている表情がなかったこと。中には愉快を楽しむかのように、笑みさえ浮かべられている方もいらっしゃいました。もし「明鏡止水」を表情に表せるものだとしたら、ああいったものになるのでしょう。彼らはだいたい二十歳前後の、まさに「弱冠」の若者たちだったのですが、私などが二十歳当時、あるいは今に至りこれからの人生であのような表情を浮かべて死地に赴くことができるか、甚だ不明と言わざるをえません。

ところで、特攻というと我が国の若者ばかりが散っていったイメージがありますが、実際には朝鮮半島の若者も加わっていたことは意外と知られていません。実際私もそのことは知らなかったのですが、平和会館にあった石碑で「アリランの・・・」で始まっているのが視界の端に止まり、おや?と思って立ち止まって見ると、

アリランの 歌声とほく 母の国に
念ひ残して 散りし花花

との歌が刻まれていました。考えて見れば、さもありなん、ですね。是非は置くとして、当時朝鮮半島は日本の一部だったのですから、当地出身の若者だって特攻に加わることがあってもおかしくはありません。そう考えると「御国のため」と散っていけた者はまだ良い方で、「母の国に念ひ残して」死ななければならなかった人たちの心中は察するに余りあるものがあります。

さて、そのような方たちが文字通り命を懸けて守ってくれた日本に後から生まれた者たちができることがあるとすれば、感謝の念を奉じつつ、平和で幸せな世を存分に堪能することでしょう。というわけで、鹿児島からバスと電車を乗り継いで一路博多へ。

自称「ことばフェチ」の私にとって、方言やなまりは気候・食べ物よりも土地柄を感じられるものに映ります。特に若い女性が土地の言葉で話しているのを耳にすると、ゾクッとくるのは私だけではないはず。博多も例外ではなく、街を歩けば「知っとっとー?」「・・・ば遠かけん」「・・・じゃろうもん」などなど、耳に飛び込んできます。やー、博多ばほんまよかとねー! 1日目の夜、みんなで飲んだ席でも、男の房州弁と女性の博多弁が飛び交い、大変楽しい思いをしました。

まあ博多の中洲に行って夜何もしなかったわけがなく、連合国出身のマドモワゼル・ミ○ェルを招待し、国際交流致しました。ただ、佳境に入ろうかというところで天津の木遣りが廊下から聞こえ始め、何事かと思っていたらドアをドンドン叩かれ始めました。件の○シェルはバスルームに逃げこんでしまうし、私はまあだいたい状況を察していたのですが、ドアを開けてみると、案の定、同行のF川さんがしたたか酔いつぶれ、神輿になっていました。私はなだめなければならない相手がいたので、ドアの外には出なかったのですが、S君はキーを持たず担ぎ出しに参加してしまったそうで、誰ととは言いませんが二人でドアの外でホテルマンを待つハメになったらしいです。Y輔君、お疲れ様。

二日目以降も思わぬところでくさやのニオイを嗅ぐことになったり、いろいろありましたが、大変楽しい旅行でした。アデュー!

あけましておめでとうございます!

Posted on : 12-01-2011 | By : sino | In : 地域社会, 経営道

今年も残すところ353日となってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

というお決まりのボケはさておき、「今年から年賀状は完全電子化します」とTwitterで宣言したにも関わらず、実はそれさえもしておらず、相変わらずルーズな私でございます。

で、その代わりというわけではありませんが、せめてブログで新年のご挨拶をしなければと書いているわけでございます。誠に相すみません。

昨年後半、頻々と体調を崩し、皆様にはご心配をおかけしました。連絡がつかない、ブログも更新されていない、ということでお気がかりの方も多かったでしょうが、これを書いている現在はまあまあ元気にやっております。

ブログを更新していなかったのは、ちょっと言い訳がありまして、去年2月から本格的に使い始めたTwitterにハマっており、こちらで頭の中にあることを始終発信しているため、なかなかブログの記事にするようなまとまった考えができなかった、ということがあります。

私の場合、どちらかというと日々のできごとを晒すのではなく、頭の中にあるテーマというか考えに結論が出たときにコメントする場としてブログを捉えていまして、だから「最近社長のブログ、更新されてないし、難しいおー」と青年の新年会でH人さんに言われちゃうんでしょうが、まあそういうわけなんです。

それでも最近のできごとを振り返ってみると、やはり年末年始といえば飲む機会が多く、親父と違って飲めるクチを持っている私としては、楽しい季節です。もっともついつい飲み過ぎてしまい、親に「お前、二日酔いはまだいいけど三日酔いはするんじゃないよ」と説教されているような次第ではありますが。(汗

あと、できごとというわけではありませんが、最近いろいろな場面で「後輩」ができてくることを感じることが多くなりました。JC然り、消防然り。自分で言うのもナンですが、まあ先輩としてこれほどアテにならないやつもいないだろうと思いますし、それに引き換え、ちょっと年下くらいの人たちのしっかりしていることといったら、我ながら悲しいくらいです。論語には「後生畏る可し(こうせいおそるべし)」とありますが、まさにそんな感じです。

それから、お恥ずかしいことに、最近やっと親と対等にものを言える、あるいは面と向かって批判できるようになってきましたね。収入が安定してきたというのもありますが、時代の方が「ほらみろ、俺が言ったとおりになってきたじゃないか」と言える状況になってきたというのもあります。例えば、ご存じの方もあるかもしれませんが、うちの店(高梨釣具店)では、一昨年まで日◯スポーツという新聞に情報を載せていました。が、こっちに帰って来た当初(9年くらい前)から「これからはネットの時代になるから、新聞なんかやめちまった方がいいよ」と強弁したにも関わらず、親父は「アホ言うな。おめえは(オタクだから)そういうかもしんねえけんが、まだまだ新聞の方が見る人は多いさ」と取り合いませんでした。ところが今では動画ブログを見てくる貸ボートのお客は引きも切らない状態。親父だけに稼がせているのも母に悪いので、今はどうやってツイッターをやらせることができるか思案中です。「お前がやってやれよ」という方もあるかもしれませんが、それだとあんまり面白くない。60過ぎた釣具屋のばあさんがつぶやくとなったら、面白がってフォローする人が出てくると思うんですよね。それに、ITリテラシーの無さでは人後に落ちないうちの親みたいな人に使わせることができれば、それだけ私としても市場が広がるわけで、まあそういう意味では強力なテスターに恵まれているとも言えます。w

ところで最近、タイガーマスクが各地で徳を施しているようですね。明日のジョーも出てきたみたいですし。私はまだちょっと伊達直人になるのは難しいんですが(笑)、実は仕事をする上で範としているマンガのキャラクターが二人いたりします。その二人とは「ゴルゴ13」と「ブラックジャック」。前者はテロリスト、後者はモグリの医者と呼ばれることもありますが、超一流の腕前を持ち、その代わり報酬は法外とも言える金額を要求します。私もコンピュータについて学校で専門に教わったわけではありませんからその点ではライセンスは無いようなものですし、彼らに比べれば報酬なんて微々たるものですが、それでも普通の人の給料を時間で割った額よりは多いと思います。ただ肝心の腕前の方はどうかというと、ちょっと一流とは呼べないだろうなぁ。(笑) 田舎に住んでいるとパソコンの設定・トラブル解決・修理でも、サーバの保守でも、ホームページの制作でも、システム開発でも、なんでもやらなければならず、なかなか分野を絞ることができないのが実情です。

それから、今年の3月でおかげさまで弊社も6年目に入るのですが、「企業理念」についてお詫びしなければならないことが一つあります。「感銘を受け」たとまで言ってくださった当時青年長のK塚さんには申し訳なくも、ご存じの通り、弊社では5年たってもまだ「雇用機会創出」を果たしておりません。正直なところ、最近やっと自分を養うくらいの経営状態になってきたというのが実情です。ただし、弊社の場合、ある意味「機械に仕事をさせるのが仕事」の面がありまして、そういう意味では、人を雇わなくても機械(コンピュータ)にやらせていることで、普通の企業よりも人件は少なくて済むということもあります。「先ず魁より始めよ」の言葉通り、「IT企業こそITの恩恵を最も有効に利用しなければならない」と思いますし、実際そうすることで、企業ユーザへの業務改善のアドバイスなどもできたりもしています。ですので、当面、人を雇う必要に迫られてはいません。起業当時に掲げた理念に反すると見なされても仕方ないことだとは思いますが、ご理解いただければ。

例によってまた長々と書いてしまいました。最後までお読みいただきありがとうございます。本年が皆様および私にとって最高の一年になるように、祈るのではなく、一緒にがんばりましょう!

房日新聞 12月4日号社説「展望台『無縁社会』」への公開コメント

Posted on : 06-12-2010 | By : sino | In : 地域社会, 雑考

普段、私は情報収集は専らネットで行っており、あまり新聞というものを読みません。が、房日新聞だけは別で、会社の経費で購読しています。 4日の社説「展望台『無縁社会』」の後半に興味深いご意見を拝見したので、僭越ながらコメントを寄せてみたいと思います。(記事内容については、右画像をクリックしてご参照ください)

この記事の筆者の方はおそらくはご高齢で、ネットをお使いになっていたとしても、メールやWeb閲覧くらいではないかと拝察致します。

まず、「ネットの前提は、隣にいる人も地球の裏側にいる人も同等」とありますが、必ずしもそうではないことをご指摘させていただきます。私は最近Twitterというサービスを楽しく利用しておりますが、例えば鴨川市内在住の方、あるいは鴨川ご出身の方といった、地域を軸にした縁を得ることも多く、地元のローカルな話題で盛り上がることもしばしばあります。またmixiという国内サービスでは地元のある飲食店を中心としたコミュニティが現にあり、月に一度オフ会(誕生月会)が開かれています。私自身が多忙のため、なかなか出席することはかなわないのですが、後者は当地域では稀有な(笑)存在である若者たちにとって貴重な交流の場となっております。

もちろんそれは、私どものような者にとっては「死」が喫緊の憂患事ではないからなのかもしれません。しかしながら、ただでさえ若者向けの娯楽場が少ない当地域で、ネットでの「つながり」を「分断された弧を象徴している」と断じてしまうのはいかがなものでしょうか。道を歩けば見かけるのは高齢者ばかりの当地域の若者にとってネットは貴重な出会いの場であり、もし、「人の死という超リアルな事態に対して…ネットのサイト縁は果たして何をし得る」かを問われるならば、文通や電話も同じことではないかと考える次第です。

遡りまして、「地縁」について、最近新しい知見を得ましたのでご紹介させていただきます。

私自身は、ここ、鴨川市天津地区で生まれ暮らす者として、おっしゃるような地縁を快いものと受け止めております。昔からの知り合い、友人、ご近所に囲まれて暮らし、顔を合わせれば抵抗なく挨拶を交わすことのできるこの街に無類の愛着を持つ者です。

ですが、都内の連携企業社員の方とネットで雑談を交わした折、こうした関係を必ずしも快く思わない、むしろ耐え切れないほど鬱陶しく感じる人もいることを教えられました。別の機会では、Twitter上で「隣人に家の中を覗かれるようにして暮らすなんて自分にはできない」という旨の発言も散見したこともあります。

正直なところ、そうした考えや発言が実際にあることをやや淋しく感ぜざるをえませんが、そうした人もいることも時代の変化として受け止めなければならないとも考えております。幸い、私がおつきあいさせていただいている鴨川市への移住者は、むしろそうした縁を求めて越していらっしゃる方が多く、安心を覚えてはいるのですが。

私自身も初めての経験ですので、こうしたコメントをブログにてお寄せすることが正しいのか、文意から察すればあるいは避けるべきであったかもしれませんが、他に適当な方法を思いつきませんでしたので、非礼の際は何卒ご容赦ください。