昨日の日本語教室

操法大会の練習と重なってしまったため、ここ何回か休ませていただいていた日本語教室に久々に出ました。大会当日には国際交流協会の総会があり、その場で教え子が何人かスピーチしたのですが、残念ながら聞くことはかなわず。でも、他の先生方が「良かったよ」と言っていたので、安心しました。

久々に教えることに少し不安もありましたが、まあまあシナプス発火度の高い、いい授業ができたと思います。教えることが高度になってくると、難しくなるのは難しくなるのですが、その分、彼らが話したい形に近づいてきますから、モチベーションは上がってきます。その気持ちをうまく汲み取りながら授業を進めると、大変快適な授業環境を作ることができます。

日本語を教える上で、タブーというのがいくつかあって

  • 教師は媒介語を使ってはならない(例えば中国語を使って日本語を説明してはならない)
  • 生徒は授業中、日本語しか使ってはならない

ということは、基本中の基本とされていることです。ですが、私は敢えてこの二つを無視しています。というのは、ひとつには、私の生徒は全員中国人であるから。また、週に1度の授業と、毎日行われるであろう日本語学校での授業を同一視するのは問題があると思うから。

もちろん私の中国語はお世辞にもうまいとは言えませんが、それでも簡単な指示を中国語で示すと、生徒にとっては新鮮な驚きがあるようです。と同時に、自分たちの言語・文化に対して愛着・理解があることを直に伝えることができ、それは尊敬の念につながってくるようです。

また、2番目のタブーに関してですが、これはポーランドに侵入したナチスドイツが、学校の授業でポーランド語を使うことを禁止した事例を思い起こさせます。実際彼らの職場の中には中国語で話すことが禁止されているところもあるようです。異国の地で同国人と異国語で話さなければならないというのは、私からすれば大変アイデンティティを傷つけられる、悲しい境遇だと思うのです。せめて週一回の授業の中で、同胞に説明する言葉くらいは母国語を使わせてあげるのが、仁の心というものだと私は思うのですが、どうでしょうね。

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