人肌寂しくなってきたので、ふと「愛とは何か」なんてことを語っちゃってみたりする。

Posted on : 2011-10-19 | By : sino | In : Hacking, 雑考

や、そんなに高尚でも「かくかくしかじかである!」的な結論があるわけでもないんですがね。例によってオナニーエントリなのでその辺りはご了承ください。

ええとまず、仕事柄「パソコンが壊れたのでなんとかしてくれ」という依頼を多く受けます。そのために弊社があるようなわけなんで当然なんですが。で、たいてい「あー、これはもうダメですねー、買い換えましょう」という話に(やや意識的にw)持って行ったりします。その仕事が済んで「じゃあ古いパソコンどうします?」となったとき、さりげなく「もし不要ならば弊社が無料でお引き取りしますが」と言い添えるようにしています。

これはもちろん「修理・再生して新たに売る」ことも目論んでの提案なのではありますが、壊れてしまうようなPCは当然年式も古く、よほどの美品でないと他のお客様に使っていただくことはできません。それよりもむしろ、感情論として「今まで一生懸命ご主人様に尽くしてきたのに、壊れてしまったからと言って廃棄されてしまう機械が不憫でならない」という気持ちの方が、どちらかというと強いんですね。

実際、そうしてお引き取りしたPCは中古品として売ったという実績は今までのところなく、弊社のインフラ(設備)として余生を過ごしてもらっています。例えば、弊社のファイアウォールは12年前に発売されたパソコンを今も再利用して使っていますし、しばらく前まで寝床で使っていたノートPCは同じ機種の別の箇所が壊れたものを繋ぎあわせた「ニコイチPC」でした。

そういう心掛けのせいか、私自身が購入して使ってきたPCでパーツも含め、「壊れた」ものというのはほとんどありません。自分でいじったり、床に落としたりして「壊して」しまったものはいくらかありますが。自分のPCが壊れないでお客様のPCがいい感じに壊れてくれるのはなんとも都合のいいことではありますが、実際のところそうなんです。

逆もまた真なりで、これは実感としてあるんですが、故障する率が高いのはどちらかというとフラストレーションを感じながらパソコンを使っているお客様の方が多いような気がします。「人間の脳波が機械に影響する」なんてことはおよそ非科学的なのであまり言いたくないのですが、そんなこともあるんじゃないかと思うくらい感じます。

ええと、俺は何を言いたかったんだっけ。そうそう「愛とは何か」ということでした。

で、ですね、上の「機械も愛情を持って使えば応えてくれる」ということとも微妙に関連するんですが、じゃあもっと狭義な(人間に対する)「愛って何」ということについて考えてみたいんですね。

35にもなって独身でおりますと、さすがに周りが「結婚、結婚、ケッコン、コケコッコ・・・」とニワトリのように騒ぎ始めます。お察しの通り、同居している親からは「早く嫁さん見つけろ」と顔を合わせるたびに言われておりますし、友人・後輩からも同様です。

そこで、考えるんです。したり顔で私にかく申す彼ら自身は、奥さんに愛情を持って接しているのだろうかと。幸い、私の周りにいるやつらは生粋の日本男児でありまして、自分の細君を人前で褒めそやしたり、人目もはばからず抱擁したり接吻したりするような軽佻な輩はおりません。むしろ彼らの口をついて出てくるのは揃いも揃って「うちのヨメさんはさぁ、カクカクシカジカでほんと参るよ」という愚痴なんですね。最初はノロケのうちかと思っておりましたが、どうやら本気で悩んでいるらしい。「じゃあ結婚なんてしなければよかったじゃないか」と言いたくなるくらいの愚痴りようなんであります。

ではありますが、そこで私が「ああそうだよな、お前の奥さんはシカジカでほんと最悪だよな。いや全く同情するよ。」などと言おうものなら、流血沙汰の喧嘩になりかねないことは、いくら空気が読めない私でも重々承知しております。同情して不興を被るというのも奇妙な話ではありますが、これまた事実。

以上のことから、つらつら考えてみるに「愛(情)ってのは、算段(理屈)を超えた何か」なんだな、ってことです。なんか平凡なオチなんですけどもう少し説明します。

分かりやすいところで「子供に対する愛情」ってのを考えてみましょう。私にはもちろん子供はおりませんが、一応親というものがあり、人並みに育てられておりますので、親の愛情を受けた経験はあります。

では、親というものが「自分の子供はこれこれこういう長所がある一方でこういう短所もあって、でも総合的に考えて、長所の方が大きいからうちの子供はかわいい」といった計算をして子供を愛するものでしょうか? いや、絶対に違うと思います。世にもよく「できの悪い子ほどかわいい」と言われている通り、むしろ欠点があるからこそ愛情が増すということもあるのではないでしょうか。

「恋と愛の違い」なんてのも女子向け雑誌で話題になったりしますが、その違いというのもそんなところにあるんじゃないかと思います。つまり「恋」ってのは、相手の長所・美点「しか」見えていない状態。「私のカレって、背が高くって、イケメンで、お金持ってて〜」というアレです。ま、実際そう露骨にノロケることはないのかもしれませんが。w

あるいは、「◯◯マニア」「△△のファン・追っかけ」「□□オタク」に対する世間一般の冷めた見方の原因というのもそういうところに因を発するものかもしれません。つまり、「こいつら、こんなにモノ(あるいは他人である芸能人、アニメキャラなど架空の人物、etc…)に対して血筋を上げてるけど、本当はもっと愛情を注ぐべき対象があるんじゃないの?」という言葉にならない不信感です。その不信感というのももっともで、概してなんちゃらマニアはその対象の美点しか注目しません。つまり彼らの愛情は「説明可能」なのです。説明されてもその良さが「パンピー」にはわからないことは往々にしてありますが、とにかく本人には理由が分かっています。

私が壊れたパソコンを引き取るのは、それが「処理速度が速く、大容量で、消費電力も少なく、つまり私にとって素晴らしいものだから」ではないことは先程述べた通りです。もっと早くいうと、機械に対して人に対するのと同じような「人格」を見出していると言ったらいいでしょうか。

そこで鋭い方なら、「じゃあお前が飯の種にしているという『ソフトウェア』に対してはどうなんだ?」と問われるかもしれません。それは「いい質問ですねぇ。」 以下、ちょっと長くなりますが、私の言いたいところなのでだいぶ遠回りになりますが、お暇な方はおつきあいください。

面白いことに「プログラム(またはソフトウェア)を・・・」に続く述語は人それぞれでありまして、ある人は「作る」と言い、ある人は「組む」、またある人は「上げる」と言ったりします。私はそれらのどれも使わず、一貫して「書く」という言い方をしています。ここは結構こだわっているので例外はないと思います。

なぜそんな言い方にこだわっているかというと、将来どんなに開発ツールが進化しても、おそらくプログラミングの本質は「書く」ことに他ならないと思うからです。そして、書くというのは、(このブログもそうですが)本質的に「文字を並べて意味を成す」ことです。

世に新聞・雑誌・書籍・論文などいわゆる「書き物」の類は数多くありますが、それらは言うまでもなく「人間に」読まれることが前提で書かれています。ではプログラムは、というと、第一義的にはコンピュータに読まれることを前提としています。それは当然のことで、コンピュータが読んでくれないプログラムは動作せず、売り物にならないからです。ただ、一義的にはそうなんですが、では動作しているプログラムは書かれる人によって違いはないのか、というと、これはもう歴然とあるものなんです。書く人によっては「美し」くて「文学性」や「ユーモア」を感じることさえあります。

だから、私はプログラムを「書く」という言い方にこだわっています。「作る」や「組む」だと、物理的に機械を作っているようで(成果物はそれに近いんですが)あまり好きではありません。

さて、私にとっては「書き物」であるプログラム自体が愛情の対象にならないのは、ラブレターの書き手を思い焦がれることはあっても、その便箋自体を恋慕するわけではないのと同様です。プログラムを見て「こいつ頭おかしいだろ!」と毒づいたり、「うぉっ、クールな処理してんなー」というのは常にそれを書いた人に対してです。

なので、意外かもしれませんが、プログラムそれ自体に「人格」を見出すことはほとんどありません。あるとすれば、たいていは顔も知らないその書き手に対して同業者としての判断を下す、というところでしょうか。あるいはLinuxを作ったリーナス・トーバルズやRubyの生みの親のまつもとさんに対して、冗談まじりに「教祖」と崇めたりすることはありますが、それは「愛情」とはかなりかけ離れた感情です。

というわけで、今日の白熱教室では、人が何かを「愛する」というのは、その対象が「良いから」とか「素晴らしいから」といった「説明可能な理由を持つ」からだけではないということが見い出せたとても意義深いものになった。東京・上海そしてハーバードの君たちに感謝したい!ありがとう!

「ドジョウプログラマ」でありたいなぁ

Posted on : 2011-09-27 | By : sino | In : プログラム道, 地域社会, 経営道

私のしていることがプログラマなのかはさておき、まあ田舎に暮らしておりますと、IT企業と言ってもパソコン購入の相談に乗ったりとか、ちょっとしたWebアプリを作ったりだとか、パソコンが壊れたから直してくれというのに対応したりとか、ホームページの更新の仕方を教えてくれとか、LANケーブルの配線からクラウドシステムまで、ありとあらゆることをしませんと、生活していかれません。

一昔前はプログラマ定年38才説だとか、いや35才だとか色々言われておりました。プログラマはそのくらいの年齢になると体力が低下し、ゴリゴリコーディングすることができなくなる、だから早々に見切りをつけてSE(システムの設計をする人)になった方がいい、というのが通説のように言われておりました。

確かに納期直前の慌しさとかエンバグ対応とかは、それなりにハードで、◯日間貫徹なんてこともあるんですが、それは概してプログラマが自由を求める人種であるからであって、悪く言えば納期前にならないとエンジンがかからないプログラマが大半(だと思うw)だからなんだと思います。

では、コーディングが嫌か、と言われれば、断じて”NO”です。私の同期の中にはいわゆる上流工程やクライアントとの交渉、マネージメントの方向に行ってしまった人たちもいるんですが、彼らがやっていることが面白そうだとは思わない。

問題のあるプログラムを調査して長いこと原因がわからなかったバグを潰したり、顧客と電話でやりとりしながらライブ感覚でコーディングしたり、時には自分用に作ったソフトを利用しやすい形に直して公開して大衆から絶賛を浴びたり、もうそういう感覚が楽しくってしょうがない。そりゃあ時には辛いことはありますけど、それはどんな仕事だってそうですし、それを補ってありあまる達成感はこの職業でなければ味わえないんじゃないかな、と思ったりもします。

だから、私はドジョウプログラマでありたい。

ドジョウのように泥臭く、お高くとまって喋ることばかりが上手な上流屋さんに堕することなく、最新の技術トレンドを追い、ワクワクし、鍛え抜いた集中力と、なぜか身についた勘を駆使しつつ、下手くそなコードを量産していたい。そして見積りはやや強気で出す。w

そんな風に暮らしながら、田舎でうまい魚食いながら年を取っていければ、最高だよなぁ、と思う今日この頃なのです。

天津の田舎もんがNYに行く の巻 – Final

Posted on : 2011-09-09 | By : sino | In : 地域社会, 外国語道

フェイスブックには現地でのレポートを載せておりましたが、こちらは更新しておりませんですみません。9月6日の早朝、無事帰還致しました。(`・ω・´)ゞ

ええと、最初に断っておきますが、ニューヨークでは、皆さんがご想像するような遊びは全くしませんでした。なぜって?食べ物が想像を絶するくらいまずいのに、そんな気まるで起きませんよ。「衣食足りて生殖を知る」と先人の言葉にもあるように(ウソ)、人間、食欲が満たされないとそういう気にはなれないもんです、なかなか。

2,3日ならともかく1週間以上滞在するのであれば、食品武装を万端に整えていくことを強くお勧めします。私は鈴木さんのアドバイスにより、カップラーメンとインスタント味噌汁を持ち込みましたが、これに大変救われました。

2日目の朝にして耐え切れず手をつけたカップラーメン

他に、削り節のパックや、固形コンソメ、梅干しなどもいいと思います。

それはさておきまして、ニューヨーク、観光という点ではなかなかよかったです。特にマンハッタン島のダウンタウン(南方エリア)は、ぶらぶら歩いているだけで、なんとなく映画で聞いたような地名に出くわし、「お、ここがあれかぁ」と飛び込んだり。キッチリキチキチ計画を立てて行くのは休日の過ごし方としてふさわしくない、と考えている私のような人にはオススメな観光地です。だいたい周りがガイジンばっかりなんですから、嫌でも異国情緒に触れることはできます。w

というわけで、ざっと現地で取った写真をご紹介したいと思います。

ほんとはこれ以外にも行ったところはたくさんあるんですが、あんまり写真撮るのが好きじゃないんで、有名なところを抜き出しました。

ところで、観光はまあまあ楽しめたんですが、えらく難儀したのが買い物や飲食店での注文など、やはり日常の生活に関わる事どもでした。

実は、ハリケーン・アイリーンの影響で、ニューヨークの前にデトロイトで一泊することを余儀なくされました。モーテル(?)みたいなところに泊まったのですが、そこでは食事を自分で取る必要があります。近くにコンビニのような店があったので、そこで買い物したんですが、レジに商品を持ち込むと、店員のオバチャンが “How are you?”と聞くんですね。学校英語だとたいてい “May I help you?” と尋ねられると教わるんですが、”How are you?”は教わってなかった。

で、教科書通り “I’m fine thank you, and you?” とニッコニコしながら答えたら、

相当けげんな顔をされました。orz

こういう場合、なんと答えるのが正解かというと “Fine, thanks.” くらいを、モゴモゴっとつぶやけば十分なようです。

あとは例えば食事するときにコーヒーを頼んだとしましょう。日本だと、砂糖やミルクはコーヒーに添えられて出てくるか、自分で勝手に使えるようになっています。が、アメリカではほとんどの場合、注文するときに”With milk and sugar?(砂糖とミルクは要りますか)” と尋ねられます。よくよく聞けばわかるんですが、こっちはそう尋ねられることを想定していないので、戸惑うんですね。これ以外にも、サンドイッチは温かいのにするか冷たいのにするか、ソースは何にするか、サラダのドレッシングは何がいいか、などなど、実にいろいろなことを尋ねられます。つらつら考えてみるに、奴らは、こういう選択肢が多ければ多いほどいいサービスなのだと考えている節があります。

こうした会話以外にも

  • デトロイトのタクシーではバスターミナルから空港近くまで、行きの3倍の料金をぼったくられたり
  • 宿のシャワーの出し方がわからず、20分以上バスルームで悩んだり
  • 夜中の3時に地下階で洗濯しようと思ったらクォーター(25セント硬貨)が足らなくなり、近くのコンビニまで3回両替しに行ったり
  • スーパーでうどんが売っていたので見ようとしたら、箱ががばっとあいて中身を床にぶちまけたり
  • ビールを買おうとしたら、レジのチャンネーに「あんた、年齢足りてんの?ID見せなさい」と言われたり
  • 楽しみにしていたグラウンドゼロは再建工事中で全く立ち入れないことがわかったり
  • おみやげに買ったビーフジャーキーは税関で取り上げられ、しかもピクルスが一瓶スーツケースの中で全開していたり

これ以上はないくらいズッコケまくりな体験ばかりでした。

ニューヨークを歩く上で覚えておいた方がいい英語の言い回しを2つだけご紹介します。それは “Excuse me, sir.” と “Can I have 〜?” です。

特に前者は必須で、やつらは自分の背後や周囲の状況に全くといっていいほど注意を払いません。通行人がいるにもかかわらず平気で道を塞ぎ、 談笑などしています。こういうときには、びびって回り道をするのではなく、丹田(へその下)に力を込めて “Excuse me, sir!”と、ややイラついている体ではっきり言うと、道を開けてくれます。後者は食事をするときももちろん使えますし、買い物にも、機内食の選択にも使えます。「キャナイハヴ」の後に自分の欲しいものの名前を入れればいいだけです。

あと、もしかすると道を尋ねられることがあるかもしれません。まさかとお思いでしょうけれども、実際私も何回も道を尋ねられました。どこから見ても日本人だったでしょうし、片手には地下鉄の地図を持っていたにもかかわらず、です。(さらに驚いたのは、なんとかそれを教えることができてしまったらしいことです。)そういうときは、”Sorry, I’m new to here.” でOKです。

ハリケーンのケツを蹴っ飛ばしながら地球の裏側まで出張って思ったことは、「やっぱり天津が一番いい」ということです。食べ物は何でも安い上にうまいし、子供だけで出歩いても全く心配ないくらい安全だし、気が効いて親切な人ばかりだし、公共交通が多少不便ではありますが、そんな欠点は補ってありあまるほどの長所が天津や鴨川にはあります。

 

天津の田舎もんがNYに行く の巻 – Part.4

Posted on : 2011-08-27 | By : sino | In : 地域社会, 外国語道

最近このネタばっかりですいません。(汗) いよいよ明日早朝(6:55)、羽田を発つことになりました。

しかしここで思わぬ伏兵がっ! なんとハリケーン・アイリーンがアメリカ東海岸を襲いつつある模様。NY現地時間で27日の正午以降は市内の公共交通機関(バス・地下鉄など) が全面的に不通になるとのことです。Σ(゚д゚lll)ガーン 現地に住んでいる方によると「こんな事態は今までなかった」とのこと。俺、今まで自分が折り紙つきの晴れ男だと思ってたんですが、ちょっと考えを改めることにしました。orz 先日はバージニア州でM5.8の地震があったし・・・。

まあでも、約1週間の滞在期間ですし、1日や2日カンヅメになるのも得難い経験と思えばなんくるないさー、と思うことにします。ハリケーンにも負けず、地震にも負けず、天津の田舎もんはニューヨークに行って参ります!(`・ω・´)シャキーン

末尾になりますが、ここまでの準備の間、現地の友人や、弊社社員鈴木さん、友人・知人その他色々な方から、貴重なアドバイスをいただきました。どうにか出発まで漕ぎ着けられましたのも皆様のおかげでございます。また、私が不在の期間中お客様はもちろんのこと、地域社会でおつきあいいただいている方々にはご不便をおかけ致しますが、なにとぞよろしくご了承くださいませ。

それでは行ってきまーす!ε=ε=ε=ヾ(´∀`*)ノ

天津の田舎もんがNYに行く の巻 – Part.3

Posted on : 2011-08-23 | By : sino | In : 外国語道, 経営道

さて、出発日まで1週間を切りまして、本当に行けるのかどうか不安になってきた高梨です。(汗

最近ご存じの通り円高が進んでおりまして、「市場の動向を見極めた上で」航空券を取ったところ、

106,120円(燃油サーチャージ・諸税込み)

で、往復チケットを取ることができました! (n‘∀‘)η ヤァーッホォー

ちょっと不安なのが、アメリカ国内の空港で乗り換えがあることでして、しかも往復ともにその時間が30分程度しかないことです。乗り換えに3時間かけるコースもあったのですが、生来何につけ待つことが大ッキライなのと、「まー俺の英語力をもってすれば、そんなの人に聞きゃ楽勝じゃね?」とゴーマンかましてみたくなったので、敢えてギリギリの選択をしてみました。

というわけで、NYの友人とゲストルームに到着時刻を連絡し、とりあえず、行く手段と泊まるところは確保できました。

さあ後は荷造りなんですが、「やっぱ海外旅行ったらスーツケースだよなぁ」と思い、買おうとしたところが結構高い。フツーに2万弱とかします。どうしたものかと悩んでいたら、弊社社員から「レンタルもありますよ」とのアドバイス。9日間の旅程だと6千円ちょっとで借りられるようです。これならリーズナブル。ちなみにアメリカ国内への旅行の場合、「TSAロック」がついているものがオススメです。これは何かというと、税関などで検査するさい、TSAでないロックがかかっていると「鍵が壊されて」返されます。TSAロックだと、マスターキーで職員が開けられるので、再度施錠されて返してくれるというわけです。

だがしかし!色々お金を払っているうちに「あれ?ずいぶん手元の現金が少なくなったな・・・」と感じ始めました。まあこの夏は色々遊んだですから、減るのは承知なんですがそれにしても少ない。来月車の保険も払わなきゃいけないのに、このままじゃヤバくね?

・・・などと不安になったりもしたのですが、よくよく考えてみたら、ここのところお客様に請求を発行していなかったのでした。\(^o^)/ そりゃ現金が少なくなるのは当たり前。というわけで、未請求の案件を精査し、請求書を発行。ふーやれやれ。

なんだかバタバタしっぱなしで、まだ見て回りたいところさえ決めてませんが、5日後には出発ですし、なんとかキリつけて出発したいと思います!

宿題や試験勉強で苦しんでいる若い人へ:「勉強って何の役に立つの?」

Posted on : 2011-08-19 | By : sino | In : 未分類

たかだか地方のFラン大学を、しかも卒業滑って1年余計に通うことになった低学歴者の私が、自分のことを棚に上げて上から目線で語ってみます。ので、いつものですます調ではなく、口語体で書いてみます。想定読者は、中学・高校生。


まず、タイトルに挙げた「勉強って何の役に立つの?」という問いかけについて。正直なところ、俺はそういう疑問を持ったことがない。「ああ、学校の勉強が完璧にできれば、ものすごく役に立つだろうなぁ。なんで俺そうできないんだろ」とは思ったけど。「役に立つ」というのは、学歴があるからいい仕事につけるとか、成績がいいから自慢できるとかじゃなくて、英語ができたら(ほぼ)世界中の人と話ができるだろうし、理科なんかは宇宙がどういう仕組みで動いているのかを教えてくれるし、文章を読めてうまく書くことができたら、ペン一本で食っていけるだろうし、日本や世界がどうやって成り立っていて、これからどうなるかを予測できれば大金持ちになれるだろうし、数学なんてこれ以上エレガントなパズルはないよね。

もちろん、学校の授業で教わることだけが全てじゃない。人間はどうしたって人と関わらなきゃ生きていけないから、友達と遊んだり、恋人を作るのだって大事。何の仕事でも体が資本だから、部活で運動して体を作っておくのも、俺は最近になって身に染みたけど、これも超大事。

あなたたちがかわいそうだなぁ、と思うのは、受験やらテストやらに「追われながら」勉強しないといけないってことです。あと何年後かには高校受験・大学受験が迫っているし、その前にもテストやら試験が沢山ある。それはすごく苦しいよね。俺だって試験前に一夜漬けやって、その後電車で寝過ごしたこと何回もあるし、受験勉強だって夜中に眠りそうになりながらやって、ノートが意味不明の文字で埋められたことがありましたよ。まあ普段から少しずつやっときゃいいんだろうけど、そういう計画性はまるで無かった。w

本題に戻るけど、じゃあそうやって勉強したことが現実に役に立つのか? とてもいい疑問だと思う。即答すると、「これ以上役に立つことはない」だね。

「えー、じゃあ毎日連立方程式解いてるんですかー?」とか「世界史の年号どれだけ覚えてるんですかー?」とかいう声が聞こえてきそうだけど、ここで言いたいのはそういうことじゃないんだな。

要するに、何でもいいけど、「何かを理解する力」ってのは、こりゃもう世の中に出てから超絶役に立つんですよ。

例えば、今深刻な問題になっている原発事故。あれを怖い怖いという人は多いけど、俺なんかは、じゃあなんで怖いんだ?と思うんだよね。もちろん、福島の現場に行って、「マイクロ」や「ミリ」がつかない「シーベルト」がダダ漏れしてるところで作業して来いと言われたら、そりゃ考える。だいたい労働環境もよくなさそうだし。

ただ、東北産の牛肉や三陸沖の魚を食べたりとか、関東で普通に出歩くとかは、ほとんど心配してない。なぜならセシウムが体に取り込まれることがないのを「知って」いるし、ヨウ素は普段から十分取っているし、外を出歩いて浴びるかもしれない放射線の量なんてお話にならない程度であることが「わかって」いるから。それで心配なら太陽風を避けることだって考えなきゃいけない。

少量だって良くないものは良くないだろう、と思ったら、醤油をビンで一気飲みしたり岩塩を丸かじりしたらきっと内臓おかしくなるだろうけど、でも塩分は体に「必須」であることを思い出して欲しい。食塩(塩化ナトリウム)を全く取らなかったら人は死ぬ。

原発があろうがなかろうが、原発の近くに住んでいようが山奥に住んでいようが、放射線は地球のどこにいても毎日浴びるもんなんです。関東圏内は普段よりちょっと高めのところもあるみたいだけど、まあ問題ない範囲。

正直なところ、俺も「シーベルト」っていう単位はこの原発事故で初めて知ったんだけど、「ミリ」が1000分の1、「マイクロ」がそのまた1000分の1を表すことは知っていたし、原子が崩壊するとα・β・Γ線が出て、それぞれの正体がヘリウムの核子、電子、超短波長の電磁波、であることも高校の物理で習って知っていた。

「勉強しても話せるようにならない」とさんざんけなされていることの多い読解中心の英語教育だって捨てたもんじゃないよ。俺の仕事は英語読めなきゃやっていけないし、むしろ英語が読めるだけで70%くらいの問題は解決できる、と思う。だいたい、中学で3年、高校で3年、人によっては大学でさらに4年と、6〜10年、第一外国語として英語を勉強してて、なんでみんな喋れるようにならないのかが不思議だね。俺だって条件は同じだった。多少は自習したし、喋れるようになりたいと熱烈に思ってはいたけど。

かくエラそうに語ってるけど、実は高校以来数学が苦手でね。やっとこさ簡単な微分積分ができるくらいで、虚数なんて心の底ではまだ存在を信じきれてない。ただ、最近その苦手意識を克服すべく、この世で一番美しい数式といわれているオイラーの等式

e = -1

の証明を勉強し始めた。きっと何の役にも立たないだろうけど、まあ自己満足のために。w

だいぶ脇道にそれたけれども、要するに、若い時に勉強しとくと、大人になったとき、たとえそれが初めて見聞きすることであってもパッと理解できる助けになります。「ああこれはこういうことだな」ってのが心に閃く。その感覚を磨くために、もしかしたらその知識自体は役に立たないかもしれないけれども、運動で基礎体力をつけておくのと同じくらい勉強って大事なんだよ、ってことを言いたくてこんなエントリを書いてみました。35のオッサンはお化けと同じで試験なんかないから、あなたたちと同じように苦しむことはできないけど、それでもまだ知識欲とか学習欲はバリバリあります。一緒にがんばりましょう!

天津の田舎もんがNYに行く の巻 – Part.2

Posted on : 2011-08-16 | By : sino | In : 外国語道

8月はなぜか遊びの予定が一杯で、こんな充実した夏は14歳の時以来な高梨です。

さて、祭りも終わり、人生初の海外旅行出発日が今月末に迫って参りました。外国に行くためにかかせないのはなんといってもパスポート。これは先月下旬に申し込んでありましたので、先日館山まで取ってきました。

立小便から壁の柿泥棒まで、悪いことはひと通りしていた私に果たしてパスポートが降りるか心配でしたが、無事GETできました。

そして、今回は1週間ほど滞在する予定なので、いろいろ身の回りのことも調査・準備しなければなりません。まずは宿泊施設。

昨日、現地の友達に紹介してもらっていたゲストハウスからメール連絡があり、滞在後半の3日間は予約が埋まってしまっているとのこと。ただ、調べてみるとその類の宿(?)は結構あるようで、最悪向こうについてから探してもいいかなー、と思っています。

それから、電源についても調べてみました。日本ではAC100Vが標準ですが、アメリカでは 110-240V。昔はこれに対応するのにクソ重い変圧器を持っていったそうですが、身の回りで使う電気機器(ノートPC, iPad, スマートフォン)はたいていアメリカの電圧にも対応していますし、プラグの形状についてもそのまま差し込めるようです。なんてグローバル。

そして、IT屋的にもう一つ気になるものと言えば、通信インフラ。今、日本で使っている携帯をそのまま持って行っても、使えるのは使えるようです。が、「電話を受けたら、国際電話料金(しかも携帯の)が受信者持ち」「データ通信などしようものならパケ死必定」などの噂を聞き、恐ろしくなって調べてみました。(;゚Д゚) するとこんなエントリが。

20100425【TIPS】アメリカでプリペイドSIM(プリペイドケータイ)を買う方法

要するに、向こうについたらAT&Tのショップを探し、プリペイド契約すればいいということでした。幸い、私は去年アメリカからSIMロックフリーNexusOneを購入してありましたので、アメリカではこいつに活躍してもらうことにします。その新しい番号をお客様や知人・友人にお知らせしなければなりませんが、まあこれはメールを送ればいいことです。

後は航空券を買わなければなりませんが、ご存じのように最近、ドル円が激しく乱高下していますので、某大臣ではありませんが「市場を注視しつつ動向をしっかり見極めた」上でオトクなタイミングで買いたいと思います。ていうか私がNYに行くことにした途端円高が進むって、なんて親切な市場なんでしょうか。

というわけで、ひと通りメドが立ったので、今度はどこを観に行くか、面白そうなイベントがあるか、調査開始です。続きはWebで!

「すばらし」くて「画期的」なものなら、「身銭を切って」か「儲けを視野に入れて」やるべき。

Posted on : 2011-08-03 | By : sino | In : Kamox.net, 地域社会, 経営道

ああもう、ほんとはこんなエントリなんて書きたくないんです! 人の発言ややっていることに外から批判を加えるなんてカッコ悪いことこの上ないと自分でも思います。が、自身の良心と信念に照らし、心を鬼にして言わなければならないことも、世の中にはあると思い、書いております。

さて、何をそんなに憤っているかというと、祭りがあったので久しぶりにネット上の情報をチェックしていたら、房日新聞のサイトに7月21日付で下記のような記事が掲載されていました。(中略と強調は高梨)

鴨川のまちづくり支援事業 応募した10団体 すべてに補助金

鴨川市は20日、市民グループが提案・実施するまちづくりの取り組みを支援する今年度の「みんなで育て鯛!まちづくり支援事業」の採択結果を発表。事業提案のあった10団体すべてに対し、補助金交付を決めた。

採択団体と事業計画の概要は次のとおり。
(…中略…)
【立ち上げ支援コース】=補助金上限10万円
(…中略…)
▽かもナビ市民交流メディア創造プロジェクト=市民参加型の市民活動ポータルサイト、市民交流メディアの構築

一瞬、目を疑いました。「え?かもナビって補助金受けるの?しかも、2008年からやってるのに今さら『立ち上げ支援コース』???」

「補助金受けるのがなんで悪いの?」と思われる方も多いかもしれません。私自身、(社)鴨川会議所の活動などで、少なからぬ助成金をお預かりしながら事業を担当させていただいた経験もありますし、補助金なり助成金を受けること自体を云々したいわけではないのです。

ガマンがならないのは、「中の人」の一人が2008年5月30日付でこういうことを書いていることです。(強調は高梨)

補助金体質から脱却しよう!

ここ最近、鴨川市の観光関連(もっと言えば、街づくり)プロジェクトに参加しているが、鴨川のみならず、全国どこでも染み付いてしまっているのが補助金体質である。
さまざまな団体、組合が存在するが、そのほとんどが補助金をあてに運営している。まず補助金ありき、の世界なのだ。
もっとも補助金を拠出している自治体ですら、国や県からの補助金を期待しているのだから、これは全体的な問題と言える。

私は補助金自体は否定しない。
だが、いまの補助金のあり方は根本的に間違っていると思う。
以前、長い年月が経過し、自己改革が行われていないと、組織のための組織になってしまう、ということを述べたが、補助金もまさにその通り。
初心を忘れて、利害のからんだ、各方面の自治体や団体を維持するためのお金になってしまっている。

何かプロジェクトをやる、というときに、真っ先に補助金は下りるのか、下りるならいくらあるんだ、という話になる。
これでは本末転倒である。

本来は何かプロジェクトを進めるにあたって、これはすばらしいものだが、財源的に足りないから、一部を補助金で補ってもらおう、というのが補助金のあるべき姿である。
これが逆になってしまっているのだ。

私は声を大にして言いたい。(というか、機会あらば言っているが…)
補助金体質から脱却しようではないか。
補助金ありきの議論ではなく、自分たちの知恵を出し合い、工夫して、いかに自主財源、自分の体力の中でできるかを考えるべきだ。
もちろん大きな困難は待ち受けているだろうが、それと対峙し、乗り越えていくところにプロジェクトの醍醐味があるのであり、さらに乗り越えたとき、それは大きなノウハウになるのである。

いま取り組んでいるポータルサイトだって、私は新たな補助金を安易に引っ張るのは反対だ。
それじゃ、おもしろくない。
お金がない中で、各団体も、また制作会社も、いかに工夫をしてすばらしいものを作り上げるのか、そこに本当の価値がある。
それができたら、それこそ、全国の画期的なモデルケースの一つになることは間違いない。

私はかつて経営者であったとき、基本的に外部のお金は一切入れなかった。
補助金もこちらから率先して頂いたことはまずない。
他人のお金を入れて、資金潤沢の中、経営をするのは確かに財政的には楽だろう。
だが、全くおもしろくないし、そういった経営は経営の一番の醍醐味を自ら放棄してしまっているようなものだと思う。

「マネーの虎」というテレビ番組があった。
成功した経営者が起業を目指す人のプレゼンをきき、納得すれば投資する、という番組である。
だが、私は投資された人は必ずしも成功者にはなれない、とよく社員に言っていた。
それはこれまで述べてきたことである。
最初から目標資金の中でやったって、おもしろくないからだ。
そこに経営ノウハウは見出されるはずがないのである。

鴨川ポータルサイトを進めていく中で、みな予算の心配をする。
確かにそうだろう。
これだけ規模のでかいウェブサイトを構築するのだ。
普通に考えたら、莫大なコストがかかりそうなところである。

だが、私は「心配いりませんよ。なんとかなりますから」と話す。
根拠も自信もある。
今回少なくとも作り手の一人である私は、このプロジェクトを案件の一つとしてとらえていないからだ。仕事としては考えていないからだ。
むしろ、鴨川を愛する、郷土を愛する一人として、自分のできることをそれを何よりも優先して実行することに重きをおいているからである。

最初から予算を決めてしまっては、その予算内の妥当な仕事しかできない。
そんなのはおもしろくない。
予算は二の次。内容重視。
これだけの内容をたったこれだけの予算でがんばってやったのだ、というところに本当の仕事の価値もある。

いまこそ、補助金体質から脱却しよう!
それが地方、もっと言えば、日本を救う一つの端緒となる。

内部的な事情はよく知らないのですが、トップページに「有料バナー募集」のバナーや「リンクのお願い」がずっと載っている辺りから察して、失礼ながら予算が潤沢にあるわけではないんだろうなぁ、ということはお察ししておりました。補助金を受けるに当たって上の記事を書いた岡野氏の一存で決定したわけではない(願わくは)だろうこともわかっております。

がしかし、こうまで書いたのなら、

「俺達絶対補助金なんてもらわねーから。w 自分らで金が入ってくるようにするつもりなのに10万ぽっちの補助金ってどんだけwww」

くらいの気概は見せて欲しかったのでありますよ。orz

もちろん「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」と申しますし、3年も経っておりますから、今とは事情が異なるということもあるでしょう。ただ、逆に言えば、3年もやっていて、まだ「立ち上げコース」という名の補助金に依存しなければならないのだったら、いっそのこともうやめ(以下自粛

かくいう私自身も地域ポータルを作っては潰し作っては潰してきた身ですので、あんまり偉そうなことを言えた立ち場ではないのですが、補助金はもちろん、他の人を巻き込んでまでやろうと思ったことは1ナノ秒もありませんでした。私がやった当時は「ポータル?何それおいしいの?」くらい認知度でしたし、第一他人を巻き込むと自分のやりたいようにできないですし。だいたい1人でも100人分、1000人分のことができるのがITのいいところなのに、それが体現できなくて何がポータルサイトかと。

ああもうこういうこと書いてる自分が情けなくなって、マジでなんかやりたくなってきた! 結果どうなるかわからんけど、やれるだけのことはやってみる!

世界で3番目に有名な「高梨」かつ 鴨川市で1番の「IT企業」になりました。(゚∀゚)

Posted on : 2011-07-28 | By : sino | In : 地域社会, 経営道

SEOなる言葉に全くといっていいほど興味がわかないなんちゃってIT企業社長の高梨です。

今日、あるお客さんのところで雑談をしていたら「この前『高梨』って検索したら高梨君の会社がずらっと出てきてびっくりしたよー」という話になりました。前からサジェスト(検索キーワードを途中まで入れると候補が表示されるやつ)で「高梨it」がちらちらしているのは知ってたんですが、試しにYahoo!にて「高梨」で検索してみたら

  1. タカナシ乳業株式会社
  2. 高梨臨オフィシャルブログ
  3. 高梨臨Wikipediaページ

に続いてなんと4番目にランクイン! 最近ジャンプスキーで名を馳せている「高梨沙羅」ちゃんを大きく抜き去り、実効順位としては第3位です。

まあもちろん「高梨」姓自体が、鈴木・佐藤・高橋などのメジャー苗字に比べたら少ないってのもあるんですけどね。。。

では、「鴨川市  IT企業」ではどうか。平素、不遜にも「鴨川のGoogle」を自称している弊社としてはいいところを狙いたい。

というわけで、ドン。

トップに来ていました。これって、ある意味地域一番店ってことですよね? その割に儲かってないのはなぜなんでしょうか? orz

どうせなんかSEOやってるんでしょ、と言われそうですが、ほとんど何もしてません。サイトマップも作ったほうがいいんだろうなーとは思いつつ作ってないですし、アクセス数もたまーに(2,3カ月に一回)くらいチェックするくらいで、これといって対策らしい対策はとってないです。

ま、SEOなんて姑息な手段によらずとも、面白いコンテンツを定期的に載せていけば自然とアクセスなんて稼げるもんです。

映画「ソーシャル・ネットワーク」を観ました

Posted on : 2011-07-28 | By : sino | In : 経営道, 計算機道

今更ながら、Facebookの創業時のゴタゴタをまとめた「ソーシャル・ネットワーク」を観ました。ある友人が「プログラマーなら観るべき!」と言っていたし、私の仕事にもまんざら関係ないこともないので。

冒頭の、ハーバード大学内寮の女子写真を集めるハッキング(?)は言ってることが全部わかりましたね。というより、あれはシステム侵入でもなんでもなく、ただネット上にあるデータをアグリゲートしてるだけの話です。私も情報収集によくやります。

それはさておき、見終わった後思ったことは「うーん、俺ももっとガツガツしたほうがいいのかもなー」ということでした。

アメリカほどではないでしょうが、一時期IT起業が流行っていた頃、日本でもベンチャーに対する期待感が「肌で」感じられた頃があります。はばかりながら、私でさえ「時代の寵児」なんて言われたこともありました。

まだザッカーバーグ氏に直接お会いしたことはないので断言はできませんが、映画を観る限りでは、私がよく知るITベンチャーの社長や元社長にも彼に似た人はいます。人の話を聞かず、自分の能力を過信し、創業時の共同経営者とトラブルになり、云々・・・。どちらかというと、あまり友人に持ちたくないタイプです。w

そういうお前はどうなんだ?と言われそうですが、私は自分の会社をいわゆる「ベンチャー」と考えてはいません。衆目を集め、話題に登り、一部上場し、大金を掴み・・・という野望は正直あんまりないです。それよりは、好きな時間に起きて、旬の魚を味わい、たまに仲間と酒を飲む、くらいの生活ができれば言うことありません。

ただ、もしそうであることが許されるのならば、「鴨川(あるいは南房総)で最高の技術力を持っていたい」とは思っています。技術力と言っても幅が広いですが、言い換えるなら「『はい、それできます』と言える力」かな。お客様に「これ、できる?」と聞かれたとき、「いやーうちではできないですね」とお断りすることができるだけ少ないようにはしたいと思っています。

「そんな受身じゃダメだろ、自分でなんかすごいサービス考えて展開しろよ」という声が聞こえてきそうですが、どうも私の発想は地元では3年ほど早すぎるようで、持ってるネタもあるんですが、あまり実ることなくモチベーションを失ってしまいます。

来月末のNY行きはその辺を肌で確かめたいという希望も実はあります。勘のいい人は気づいているかもしれませんが、最近話題になっているサービスや製品って、ほとんどアメリカ発ですよね。iPhone/iPad, Androidスマートフォン、Twitter, Facebookなどなど。Yahoo!Japanの検索エンジンも、実はすでにGoogleのものを転用している状態です。できれば向こうの同業者の人たちと話をしてみて、自分の考えていることがどのくらい通用するのか、あるいは遅れているのかを確かめてみたいんですね。西海岸にいる人たちはすでに成功してしまった人たちなのでアポ取りは絶望的でしょうが、ニューヨークやワシントン辺りの人くらいだと、天津の田舎者でも相手にしてくれるかもしれません。w