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元旦から営業中!/ IT方面の進化について

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしく。

「貧乏暇なし」というわけで、弊社は元旦から営業しています。さすがにテレアポは控えていますが、PCのメモリが壊れたお客様のところにサポートにうかがいました。本当は年内に終える予定だったのですが、部品の配送が遅れ、結局年をまたいでしまいました。


さて、先行きの見えない経済状況ですが、IT業界に関して確実に言えるのは、今後も総じて「良い方向に向かっていくだろう」ということです。唯一の例外はMS社の製品かな。(笑↑のサポート先でも Windows Vista について尋ねられましたが、「お仕事で使うならXPで十分ですよ」とお答えしました。現状では、Vista にできて XP にできないことはほとんどないでしょう。安定性や応答性のよさという面から見ても、XPは申し分ない完成度になっていると思います。家電量販店ではXP製品は入手しにくいですが、弊社なら取り扱っておりますので、どうぞご相談ください。また、HDDやSSDといった部品もどんどん値下がりしていますし、コンピュータの処理性能はますます上がっていくでしょう。

インターネットも、いろいろと問題をはらみつつも、良い方向へ向かっていくと思います。一時期話題になった「犯行予告」も、すぐに検知されるようになるでしょう。唯一、有効な手立てがないのが、青少年の不適切なコンテンツへのアクセスですが、これも有効なフィルタリングアルゴリズムが出てくるでしょう。

というわけで、IT方面は今後もさらに便利に、かつコストもかからない方向に向かっていくと楽観しています。弊社も最新の技術を追いかけながらの営業になると思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

Skypeの発信者番号ID通知について

Skype社の回し者ではないのですが、ユーザとして大変便利に使っているので、ちょっと書いてみたいと思います。

Skypeには「固定電話に実質無制限の通話を発信」というサービスがあります。月額695円で日本国内の固定電話(地域問わず)に月あたり10,000分かけられるというものです。月に10,000分というと、毎日5時間かけてもまだお釣りがくることになります。こりゃすごい。1日に5時間というのは、ちょっと人間の限界を超えてさえいるでしょう。

というわけで、私も業務連絡やテレアポに活用しているのですが、ひとつだけ問題があります。というのは、発信者の番号が非通知になってしまうのです。実際使っていると、固定電話でもイタズラ電話防止のため、非通知の着信を拒否している人がかなりの割合でいます。また、受けてくれても非通知だと自分の身分を詐称しているようで肩身がせまいのです。なんとか表示させる方法がないかとネットを漁ってみましたが、やはり皆さんこの点に不満を感じているようで、このエントリを書いている時点では解決方法はみつかりませんでした。

ただし、現状でどのような問題があって発信者番号を表示できないのかはわかりましたので、書いておきます。

こちらのページで聞けるポッドキャストによると、現状の日本の法律では、「発信者番号(Caller ID, CID) は必ず発信した端末のものでなければならない」ということになっているそうです。アメリカなど他の国では発信者番号を自分の携帯電話のものなどに設定して、出先から返答を受ける、などというかなり便利なことができるようなのですが、日本ではこれが認められていないのです。そこで、SkypeIn の 050番号を表示させる方向で動いているそうです。技術的にはすぐにでもできるようなのですが、法律との調整中とのこと。

私としては、050番号でも通知されるようになってくれれば万々歳です。Skypeから携帯にかけるつもりはないですし。 一日も早く、日本でも発信番号の通知ができるようになって欲しいものです。

今年はお世話になりました&来年もよろしく

2008年もあと数時間で終わろうとしています。年の変わり目はサーバ管理者にとっては緊張を要する一時でして、自宅でテレビを見ながらではありますが、来年になるのを待っています。

そんな今、今年一年を振り返ってみたいと思います。

さて、今年の初めに立てた抱負はこうでした。

  • 「天津に光を!」鴨川地区では早くから開通しているフレッツ光を天津にも!というわけで動こうかなと思い始めているところです。どう動いていくかは逐次ご報告します。
  • マッシュアップアワードに挑戦!Webサービスも充実しつつある昨今、面白いもの作れればなぁと。
  • 売上目標○○万円!なんだかんだ言っても食っていかなければなりません。額は明かしませんが儲けまっせ!
  • 地域SNSやってみるかも。「コミュニティの形成」ではなく、すでにあるコミュニティを取り込むというアプローチで。
  • CakePHP完全習得。ひょっとしたら Rails より見込みあるんじゃないかと思っています。使いやすいし、動く環境も多いし。
  • 嫁さんGet!(笑)今年の年賀状、みんな自分の子供写してやがんの。くっそー、俺も幸せになりたいぜ!

・・・。どっ、どれも果たしてない・・・。まあ進行中なものもありますが、一つも果たしていないとは自分の実行力の無さをつくづく思い知らされます。orz

ただ、ありがたいことに、今年もいろいろな方とめぐり合うことができました。 このブログも皆さんの応援があるからこそ(更新は少ないものの)続けられました。

来年の抱負?明日になったら考えます。来年のことを言うと鬼が笑うってね。

土人の村で靴を売る

Project LumineAK は相変わらず、難航しています。「インターネットをお使いですか」と聞いても、「使っていません」という回答がほとんど。

そこで私は考えました。「今、使っていなくても、魅力的でリーズナブルな価格のサービスを紹介すれば使ってもらえるはずだ。」と。

今、円高の影響で海外製のパソコンの価格が下がっています。特にミニノートと呼ばれるタイプのものはデーマン台で買えるものもあります。

これにWebカメラと回線をセットで売れば、ビデオチャット専用機のできあがり。ミニノートなのでテーブルに置いても邪魔になりませんし、キーボード操作も全くいりませんから初心者でも気軽に楽しめます。夕食後に遠く離れた家族との会話を楽しむ、というストーリー。

本筋の光回線誘致からは、ちょっとずれますが、明日からの電話営業を無駄にしなくて済みそうです。

「アラブが見た十字軍」読中レビュー

恥を忍んで言いますが、高校のとき、社会はいつも赤点ギリギリでした。特に世界史はひどかった。こっちであれやこれやが起こっている一方で、あっちで起こっているあれやこれやまで覚えなければなりませんから、ほとんど脳みそパンク状態です。

が、その反動からか、最近、歴史小説、特に外国の歴史について書かれた本にハマッています。塩野七海さんの「ローマ人の物語」とかはハードカバーが出るたびに金に糸目をつけず買っていました。

ただ、気をつけているのは、一方の歴史観に染まらないこと。ガリアを征服したカエサルは確かに偉大でしたが、一方で征服された側の視点というのもあるだろうな、と思って佐藤賢一さんの「カエサルを撃て!」も読みました。どちらも「物語」ですから多分に著者の思い入れがあり、それを承知で読む分には非常に参考になります。

さて、今回読んでいるのは市の図書館で借りてきたアミン・マアルーフ著/牟田口義郎・新川雅子訳「アラブが見た十字軍」です。

これに出てくるフランク(フランス)軍というのがひどい。征服したイスラムの地の財宝を略奪するのは大目に見るとしても、 ムスリム(イスラム教徒)の人肉まで焼いたり茹でたりして食べたというのですから、ほとんど食人鬼集団です。

今でこそヨーロッパ文化の顔みたいな、優雅で洗練された文化を誇っているフランスですが、1000年くらい前にはただの蛮族、それも相当狂気じみた民族だったということがよくわかります。

これはなにもフランク族に限ったことではなく、ブリタニア(現イングランド)では戦って勝った相手の生首を家門にかけて悪魔祓いのしるしとしていましたし、中国では籠城が長引いて糧食が底をつくと、子供を殺して食べることが普通に行われていました。首仮族や食人種は、なにも南洋の専売特許ではありません。

だから人種の坩堝である米国で凶悪な犯罪が頻発しているとしても、何も不思議なことはありません。あれは全てご先祖の血がそうさせているのです。

あまりプロトタイプを植えつけるのはよくないかもしれませんが、ヨーロッパ人だからといってゆめゆめ先進的で優雅だなどと思うことのなきよう。一皮剥けばその正体は首狩族・食人鬼の末裔なのですから。

モチベーション↓り中・・・

今日は、よくないことだとわかってはいますが、ちょっとグチらせていただきます。

最近、Project LumineAK の方を(自分なりに)一生懸命頑張っているのですが、思うように行かないものだとは分かっていても、実際協力を断られ続けているとやっぱり精神的にきついと感じてしまいます。特にFAX回線を別に持っていたりして、光にすると明らかにお得になるはずなのに、それがうまく伝わらないで断られると「何のためにやってるんだろう」と煩悶することしばし・・・。

世に「営業」と呼ばれる仕事をしている人たちはこんなこと当たり前に経験してるんだろうなぁ。すごいものだと思います。仕事でもなんでも実際にやってみないとわからないものですね。自分がいかに先入観でものを見ていたか、思い知りました。

まあそんなことも含めて貴重な経験を積ませてもらっていると思えばいいのかもしれません。そう考えたら少し気楽になってきました。

あ、ちなみにイブの今夜は親と過ごしました。知り合いから買ったケーキとチキンが思いの他喜ばれて、買った甲斐がありました。来年は親だけに食べさせて、私は別の過ごし方をしたいと思います。

「哲学は人生の役に立つのか」読中レビュー

今、木田元著「哲学は人生の役に立つのかという本を読んでいます。タイトルに惹かれて買ったのですが、そのことでもお分かりのように、私は「哲学ミーハー」です。デカルト、ヘーゲル、カント、ハイデガー、サルトル、などなどといった名前を聞くともうそれだけで「萌え」てしまいます。(w その哲学を理解しているかというとまた別の話で、男の子が飛行機や電車に憧れるような、そんな淡い憧憬を哲学というものに抱いていて、長い人生の間でいつかは理解できるようになりたいと思っています。

まあ自分のことはどうでもいいとして、この本の始めの方に書いてあった文が興味深かったので引用します。

 私が問題にしたいのは、技術は、人間が、あるいは人間の理性が産み出したものだから、結局は人間の理性によってコントロールできるはずだという、安易な、というより傲慢な考え方です。本来は、技術は理性などとはちがった根源をもち、理性などよりもっと古い由来をもつもので、理性などの手に負えるものではない、と考えるべきなのではないでしょうか。

著者に言わせると、人間が技術を発展させてきたのではなく、技術そのものが意思をもち、人間を人間たらしめたのだということなんですね。「利己的な遺伝子」の最後の方で出てくる「ミーム」という概念通ずるものがあります。

私は一技術者として「技術は人の役に立つためにある。」と信じていましたから、この見方は新鮮でした。人間が技術を使っているのではなく、技術の方が人間をコントロールしているなんて思いもよりませんでした。

まあ確かにそういう面もあるのかもしれない。地球を何回も破滅させることができる兵器が現に存在し、電車に乗り込んだ高校生がまず何より先に携帯を開く状況を見れば、「技術が人間を支配しているのだ」という主張も頷けないではありません。

でも、それでも私は理性を信じたい。技術は確かに危険な、マイナスの面も持ち合わせていますが、結局は人間が人間のために発展させたものなのだから、理性でコントロールできないはずはない、と信じる、というより願っています。楽観的すぎるでしょうか。

例えば、コンピュータプログラムには「バグ」と呼ばれる欠陥が、必ずといっていいほどあります。 もちろんテストはするのですが、それでも完全に除くことは難しいものです。自分の書いたプログラムのバグを潰すのは根気のいる作業なのですが、「自分で作ったものなのだから自分で解決できないはずがない」と思ってやっています。パソコンのトラブル対応にしても、「人間が作ったものなのだから人間に直せないはずはない」と思って、というよりほとんど信じてやっています(程度にもよりますが)。

自分でも大変不思議なことに(苦笑)、今までのところ解決できなかった問題はないのでこんな会社をやっているわけです。世間的には「技術者」なんて偉そうな肩書きを名乗ってますが、実際はそんなものです。いくら先進の、「すごい」技術でも、その先端のところでは変わらないのではないでしょうか。逆に言えば、けっこう技術って人間臭いのです。

だから、著者の主張に賛成できないことはないものの、もう少し技術というものに安心してつきあって見てもいいのではないかと思っています。

他にもこの本に書かれていることは面白いので、一読の価値あり、です。

じゃあ「実態経済」って何よ?

バイクや自動車を作っているホ○ダの社長が、テレビで「現在の状況は実態経済とはかなりかけ離れた、乖離した状態にある」という旨のことを言っていました。だから、政府や日銀が市場に介入してなんとかしてくれ、と。

バカかこいつは。

「現在の状況」が実態でなくてなんだというのでしょうか。必要なのは、この世界的な大不況にあってもなんとか事態を打開する知恵でしょうが。「円高だ、不況だ」と泣きっ面をさらすなら子供にだってできます。理性のある大人なら、ましてや大企業の経営者なら独力でなんとかしようとは思わないのでしょうか。挙句に従業員の首を切ったりするのですから、大企業の経営者というのは本当にえらいものだと思います。実態と乖離しているのは彼らの頭の中ではないでしょうか。

考えろ!考えて、考えて、レモンから最後の一滴を搾り取るようにして知恵を出せ!戦後、焼け野原になった首都を中心に奇跡的な復興を遂げた国の国民じゃないか。 その頃のDNAは失われてはいないはずだ!経営者も正社員も非正規社員も、一緒になって事態に取り組もう!

「地域の情報化」じゃダメじゃね?

あんまり「地域の情報化」という言葉が好きではありません。じゃあお前のしていることは何なんだと言われそうですが。

どうも語感がお役所臭くて嫌というのもありますが、「情報化推進」「情報の共有」「情報で人を繋ぐ」・・・、どれも手段であって目的にはなりえないと思うんです。だから、それを旗印に掲げて活動している方々には、申し訳ないけれも、何をしているんだろうなぁと思います。

大切なのはその先のなんじゃないかと。人は「情報」で動くわけではありませんよね。

わかりやすい例では、ニュース番組なんかは事実を報道すればいいわけですから、字幕とニュース映像さえ流せば事足りるはずです。それをなぜわざわざアナウンサーがニュース原稿を読み上げているか。やはり人がどこかで介入しないと人間の心には刺さってこないからだろうと思います。

では何に最も人間性を感じられるかと言えば、やはり「言葉」ですよね。その人の持つ独特の言い回し、表現の仕方、癖、そうしたものが人の心に訴えるのであって、それは「情報」という干からびた語感からはかけ離れていると思うのです。

もちろん、「情報化」が全く無意味だとは言いません。情報の共有によって生まれてくるメリットも沢山あるでしょう。けれども、本当に大切なのはその先ではないか、と敢えて問いたいのです。

「地産地消」を再考してみる

以前のエントリで、「地産地消じゃだめじゃね?」というサブタイトルでこんなことを書きました。

前から違和感を感じていたのですが、「地産地消」ってよく言いますけど、本来あるべきは「地産他消」ですよね。地元の物産を地元で消費してどうする。よそへ売ってお金にしなきゃだめでしょう。地産地消を推進しても意味ねぇんでねぇの?と素朴に思いますがどうでしょう?

この考え方は今もって変わっていないのですが、例えば、地場産品を取れたその場で消費してもらう、のだったらベストですよね。わかりやすい例では飲食店とかお土産屋さんとか、その場でお金を払ってもらえば、わざわざよそに売りに出すコストもかからず、地元にお金が入るんだからいいわけです。

もしかして「地産地消」ってそういうことだったのかぁ、と遅まきながら気づいた今日このごろです。根がひねくれているせいか、どうも素直な発想ができなくてすいません。orz

きっとこの言葉には様々な意味があるのでしょうが、↑のような考え方だったら納得です。地産地消大いに結構!ガンガン行こうぜ地産地消!

・・・っと一人で盛り上がってもしょうがないので何かしたいところです。幸いいろいろ考えている人たちは周りにいるので、機会があったら話あってみたいと思います。

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