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最近の日本語教室

何度かこのブログでも言及していますが、週に1回、中央公民館で日本語教室の教師をボランティアで引き受けています。

まあやるにあたって課題はいろいろあるのですが、最近の悩みは、受け持っているクラスの「シナプス発火度」が低いこと。端的に言えば、面白い授業をできていないことです。

授業に限らずミーティングなどの場でも、そこにいる人たちの興味を引き付けつつ進行していくというのは、結構自信あるほうだったのですが、ことこの教室に限ってはそうなっていない。私語が多く、なんとなく集中力を欠いたものになってしまっています。

無償でやっているんだからと、重く考えずに気楽になればいいのかもしれませんが、どうせやるなら面白い(と思ってもらえる)ことをしたいのが人情じゃないですか。それが生徒のモチベーションにもなるだろうし、いい反応が返ってくれば、私にとっても喜びです。

目に見えない「言語の壁」をいかに打ち破るか、ダイナマイト級のアイデアが必要とされるところです。

個人情報保護主義がもたらしたもの

個人情報を大量に扱っているIT業者として本当は言ってはいけないことなのかもしれませんが、敢えて、問題提起してみます。

私は生来が商売人のせがれで、しかも店と自宅が同じ建物なので、自分の名前はもちろん、住所、電話番号が他人に知られているのが当たり前のこととして育ってきました。店舗の奥が居間ですから、外から飯を食っているところまで丸見えです。まあ、そのせいで怪しいセールスマンが来たり、営業電話を受けたりすることもあるわけですが、そんなの断ればいいだけですし、大して問題にもしていません。で、自分が会社をやるようになって、その辺りの許容度は益々ゆるくなっています。週日は営業の電話、FAXがかかってこないほうが珍しいくらいです。このサイトには私の顔写真は載せていませんが、それは顔を知られることが怖いからというより、訪れていただいた方にご不快な思いをさせるに忍びないからです。(笑

で、思うんですが昨今の個人情報保護の風潮、というよりもう法律になってしまっていますが、誠に窮屈というか、せせこましいというか、許容度がなさすぎるというか、興醒めなのですよね。中には個人情報が犯罪に悪用されたり、しつこく営業電話がかかってくることもあるでしょう。が、それはあったとしてもかなり低い割合だと思うのです。

その心配をするあまり、和歌山県の中学校ではとうとう卒業式の写真・ビデオ撮影まで禁止されることになりつつあるようです。 まあこの件は個人情報というより、肖像権の問題だと思いますが、根は一緒といってもいいでしょう。

悪用されることを未然に防ぐ、という考え方はわからないでもありません。でも、一旦自分の個人情報を知られることに頓着しない、むしろ知られることが望ましい立場になってみるとわかりますが、そういう状態というのは大変気楽なものです。

最近あった意外なできごとをお話ししましょう。このブログをお読みの皆さんならご存知でしょうが、高梨釣具店動画ブログでは、魚を釣り上げた方のお顔・お名前を、了解を得て公開しています。弊店の集客に確実に貢献してもいますが、それだけでなく、「ぜひ写してください!」「え、俺のこと載せてくれるの?嬉しいなぁ」というお声も少なからずいただいています。中にはご両親を写したら、「子供のことも載せてください」とわざわざお店に足を運んでいただいたご家族もいらっしゃいました。個人情報の保護・肖像権に関する声がかまびすしい昨今、大変ありがたいことだと思っております。これが、法律に抵触する可能性を恐れ、何もしていなかったらこういう反響も得られなかったわけで、その点リスクを取った価値はあったと思います。

個人の権利も法律ももちろん守られるべきものではあります。が、リスクを全く取らない、あるいは悪用されることを極度に恐れてしまうと、何もできませんし、非常に窮屈な思いをしなければならないのではないかと、個人情報保護の風潮に関して思うのでした。

コミュニケーションって難しい。

 最近、とある団体で、活動報告を紙媒体からネットに移行しようという話があり、その説明にうかがいました。ただ、私のプレゼンも悪かったのかもしれませんが、あまり理解を得られないままに終わってしまいました。少なくとも私はそう感じました。

自戒として書いておくならば、

  • (説明を受ける側で)想定される不安要素は取り除いておくこと。
  • 仕様説明・技術説明にはしない。それよりも、その事案を遂行することで、どういったメリット・デメリットが発生するのか、総合的に見てメリットの方が大きいということを説得するよう心がけること。
  • 聞き手のITに関する認知度は低いという認識を常に持つこと。

などを肝に銘じておかなければならないと思いました。なんだか書いてしまうと当たり前すぎる気もしますが。

とはいえ、どの程度の理解があるかを事前に把握しておくことは、その集団によっても違うでしょうし、なかなか難しいところですよね。今回で大体の感触をつかめたので、次回からはきっちり対策を練って臨みたいと思います。

「文」にこだわる

このブログはもちろんですが、私は普段、仕事やプライベートでやりとりするメールの文面にも相当の注意を払って書いています。誤字・脱字をなくすのはもちろんのこと、文章として正しいか、読んで関心を持ってもらえるか、ということも考慮しながら推敲を重ね納得がいってはじめて、 ブログの「公開」ボタンを、メールの「送信」ボタンを押しています。お気づきのように、あまり写真やイラスト、動画の類は載せません。文字ばっかりの難しいブログだなぁとは自分でも思いますが、そうしています。

なぜそこまで「文」にこだわるかというと、とかく軽薄文化の象徴のように言われるインターネットというメディアで、どこまで人に伝えることができるかということに挑戦したいから、というのが一つ。もう一つには昔の人の文章を書くことに対する思いに敬意を払って、というのがあります。

二番目の理由は少し説明が必要でしょうね。

ちょっと想像していただきたいのですが、昔の人はどうやって文章を記していたでしょうか。そう、一通手紙を書こうと思ったら、硯箱を取り出し、丹念に墨をすり、毛筆に含ませ、書き直しができない張り詰めた空気の中で、息さえ殺しながら自分の思いを紙に認(したた)めていました。もっと昔には粘土板や石に文字通り言葉を「刻み込んで」いました。翻って現代のパソコン・携帯で文章を書くことのなんと簡単なこと。読みさえ知っていれば正しい漢字に変換してくれるし、書き直しはいくらでもできるし、真にお手軽・便利なものです。その意味で情報機器を自在に扱えることは必ずしも知性の高さを意味しない、と私は思っています。

そんな便利な現代にあっても変わらないのは、文章を考えることに費やされる時間や能力でしょう。昔の人は昔の言葉をつかって、現代なら現代語で文を考え、表現していくという行為自体は未来永劫どんなに情報機器が進化しても変わることはありません。

もしかしたら、誰でもいつでも写真が撮れ、音声で会話できる現代にあっては、「文章」というメディア自体がそもそも時代遅れなのかもしれない。けれど、だからこそ、文字によって伝えられるものを大切にしたい、とも思うのです。

博多・長崎に行って来ました。

2月6日(金)~8日(日)に、消防団のお仲間「天津第3まとい会」で行ってきました。

1日目・2日目に滞在した博多は中州という歓楽街が有名で、お店の料理・屋台のラーメンが大変おいしかったです。2日目は完全フリーで各自行きたいところに行きました。私は、というと、午前中ふらふら街を歩いていたら親切なお兄さんに案内されるままに、諭吉さんを3人ほど使わされてしまいました。( ;∀;) そんなこともありテンション下がり気味でネットカフェで漫画(浦沢直樹「Pluto」全6巻)を読んでいると、携帯に電話が入り、「夜、一緒にモツ鍋を食おう!」との提案。もちろん行くことにしました。確かにうまかったですが、モツはどこで食べても一緒かなぁ。まあ、昼間の事件をネタに馬鹿っ話で盛り上がりました。

夜は、この円高でずいぶん目減りしてしまった1000万ドルの夜景を見に・・・行くわけもなく、えーと、ここには書けないいろいろなことをして遊びました、とだけ言っておきます。
3日目はバスで長崎へ。グラバー邸から一望できる長崎の町並みを見て思ったのは、あんなに山に家があったんでは水道の水圧の調整が大変だろうな、ということ。また、目だった川もありませんでしたが、水源はどこにあるんだろう。

最後に、長崎原爆資料館・長崎平和記念公園へ足を運びました。原爆というと最初に爆撃された広島のほうが有名かもしれませんが、悲惨さは長崎も変わりはなく、一瞬で町ごと灰塵と化すことのできてしまう核兵器の威力をいやでも思い知らされました。7万4千の犠牲者の後世に生きる私たちは、核兵器の使用が長崎で最後になるような世の中にしていかなければならないと思わずにはいられませんでした。

朝青龍ってO型だったのか。orz

始めに断っておきますが、私は血液型による性格判断を信じていません。が、血液型の人口分布については興味を持っています。私自身の血液型はB型(正確にいえばBO型)であり、アルタイあたりが起源と考えられているこの血液型を内心誇りに思っていました。誇りというと大げさですけど、「俺は地面から生えているものを食って生きている農耕民族とは違う」「俺こそが典型的なアジア人種だ!」みたいに思ってました。

で、現代におけるフビライ・ハンの再来とも思える朝青龍の活躍を見るにつけ、彼もモンゴル出身ですし、当然B型だと勝手に思っていました。「おお、俺と同じモンゴルの血が優勝したぞ!」と一人で盛り上がっていました。

が、調べてみると、なんと朝青龍はO型なんですね。これにはがっくり。orz ついでに、というわけでもありませんが、白鵬の血液型は、というとこれまたA型。どうやらモンゴル出身=B型というのは私だけのステレオタイプであったようです。なんだかなぁ。

ほぼ読了レビュー「時間について」

この本も例によって市の図書館で借りました。最近、あんまり本にお金を使っていないなぁ。

さて、以前のエントリで「哲学に憧れている」というようなことを書きましたが、「時間」は哲学で古くから取り上げられているテーマで、有名なところでは「ゼノンのパラドックス」というのがあります。カントやハイデッガーといった有名な哲学者も時間について語っており、特にハイデッガーの「存在と時間」はその代表的な著作でしょう。私は途中で読むのに挫折しましたが。

ただ、最近は「時間」とか「宇宙の始まり」というテーマは哲学者よりは物理学者あるいは天文学者の専売特許になってしまっていて、文系の私にとっては残念なところです。

この本も宇宙物理学が専門の著者によって書かれていますが、数式はほとんど出てこず、専門外の者にも読めるようになっています。アインシュタインがどのように時間と空間、重力を結びつけたか、双子のパラドックス、タキオン、タイムトラベルの可能性などが一通り語られ、最後の方で心理学的な立場から人間が時間をどのように認識しているか、が紹介されています。

文系なのに科学オタクの私は、一応アインシュタインの相対性理論、量子力学の骨子は掴んでいたのでその辺りのことは割とすんなり読めました。

あくまで哲学的に、揺り椅子の中で時間について思いをめぐらすのもそれはそれで楽しいのかもしれませんが、物理学・天文学が目覚しい前進を遂げている21世紀の今、科学の側から時間を考えてみなければならないのではないかと思っています。その意味において、哲学の一領域としての時間論は針の上で踊れる天使の数を論じる神学とあまり変わらないものになっているのかもしれません。

「製作」してない・・・。

弊社の社名、「高梨IT製作所」は、ソフトウェアやシステム、ホームページを「製作」する会社ですよ、という意味なのですが、ふと考えてみると、最近全然「製作」していません。

では何をしているのか、というと、既存サービス・製品の営業とか、パソコントラブル対応をしていたりします。まあ食えれば仕事に貴賎はないと思っているので、それでもいいんですけど、看板に偽りあり、と言われてもしかたのないところです。

ただこの不況で、どこの企業も設備投資に回す資金がないというのも事実で、それは受注製作にも大きく影響しています。ホームページやシステム開発に割く予算は真っ先に削られますから。

こういうときは、ある程度規模の大きな受注を期待するより、むしろ個人または個人に近い営業形態の企業を対象にしたほうがいいのかもしれません。

というわけで、既存の技術力は温存しつつ、開発に比べれば手のかからない仕事に精出す日々です。

「ネメシス」読中レビュー

ネメシス〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)先日は世界史小説が好き、というようなことをいいましたが、実は中学のときに国語の授業で星新一を知って以来、SFのファンでもあります。国内のSF作家というと言うべき人は少ないですが、海外には多数いて、「英語を勉強すれば、海外の小説も読めるんだ!」と当たり前のことに気づき、それが英語を勉強する動機になったというのもあります。実際、スティーブン・キングやロアルド・ダールといった作家の短編は原書で読んだこともあります。

さて、今回読んでいるのはアメリカを代表するSF作家、故アイザック・アシモフ後期の作品「ネメシス」です。アシモフというと、ロボットもの(「アイ・ロボット」は映画にもなりましたね)、銀河帝国ものが有名ですが、この作品はそのどちらの流れにも組しないという点で異色の作品です。書店でハードカバーをみかけたことがあるのですが、そのときは買いませんでした。ハードカバーで値段が高かったこともありますが、他のシリーズを読み終えていなかったので、まだ手をつけないでおこう、と思ったというのもあります。今回は例によって鴨川市立図書館で借りてきました。市の図書館、なぜか結構私の好みの本を置いてくれています。私以外にも好事家がいるんでしょうかね。(笑

確か、この作品には人類以外の知的生命体が登場すると何かの書評で読んだ気がするのですが、定かではありません。それら知的生命体を巨匠がどのように描くのか、楽しみでもあります。

消防出初式 & お疲れ様会

昨日は消防団の出初式があり、新年早々若干遅刻してしまいましたが、参加してきました。もともと汗っかきなのですが、昨日はなぜか立っているだけで汗をかいてしまい、周りの方々にご心配をおかけしました。運動不足のせいなんだろうなー。

その休憩時間に、なんと天津でもテレビの地デジが入るとの情報をGet! 帰宅早々設定してみたらちゃんと映りました。やっぱり画質がすごくキレイです。芸能人はこれから顔の造りだけじゃなく、肌の肌理も勝負になるな、と思いました。

さて、出初式で朝が早かったので、少し仮眠を取り、夕方からは恒例のお疲れ様会へ。○○さんや△△氏が、ここには書けない、あんなことやこんなことをしていましたが、とても楽しい会でした。飲むのは久しぶりだったもので、若干今胸焼け気味です。

まだ夜警の当番も残っていますので、きっちりやり終えたいと思います。

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