Posted on : 03-07-2009 | By : sino | In : 雑考
この3日間でとても愚かなことをしでかしてしまいました。あんまり情けなくてちょっと詳しくは書けないんですが、自分が大馬鹿者だということに改めて気づかされました。行政職員のことを無能力呼ばわりする前に、お前がもっとしっかりしとけって感じです。
もう二度とこんなことはしないと皆さんの前で誓います。
いやなに、心配はご無用。一時ヘコみはしましたが、もう気持ちに整理はついてますんで。
Posted on : 02-07-2009 | By : sino | In : 経営道, 雑考
よく、「ブログ&アフィリエイトで高額収入!」みたいな広告や雑誌の記事を見かけますが、ブログを一生懸命書いても、それに見合う収入は得られません。大切なことなので二度言いますね。
ブログを一生懸命書いても、それに見合う収入は得られません。
まあせいぜい月に2万~3万稼げればいいほうです。あなたがよほどの有名人か、専門的知識に精通しているか、あるいはダークな手法を取るかしない限り、そんなもんです。
「お前だって自社サイトにアフィリエイト貼ってるじゃないか」って?そりゃそうです。なぜなら、
客先で、自分でクリックするために貼ってますから。(笑
まあそれだってあんまりやらないですけどね。ただ、自社サイトならまず忘れることがないので、セルフクリック専用に貼ってます。
知り合いで雑誌の原稿頼まれて書いてるやつがいますけど、その原稿料だってたかが知れてますよ。ましてや無名の一般人が自分のブログに広告貼ったところでその収入だけでは・・・ね。
ただ、ブログを書くことが全く意味がないかというと、そうでもありません。本で読んだ言葉を借りるなら、
ブログはあなたのファンを作るためのツールである
と割りきれば、十分その効果は期待できます。特に私のように、身分を明かして、しかもちょっとユニークな立場(田舎のIT社長)にある人は周りの反応を直に聞くことができますし、あなたが実店舗を構えて商売しているなら、顧客獲得に繋がることもあるかもしれません。
ただし、会社の広報担当とか一社員いう肩書きでは面白いブログを書くのは難しいかもしれませんね。なぜなら、どこまで情報を明かしていいか、決裁できないからです。そして、貴重な情報を得られないブログは面白くないからです。この点、ブログは個人向け、もしくは小規模経営の会社向きと言えるでしょう。
先ほど挙げた「反応を直にきくことができ」るというのは、結構やってて面白いです。もちろんコメントもありがたいですけど「社長!こないだ書いてた○○のこと・・・」とか「高梨君もブログで書いてたけど・・・」と顔を合わせたとき話のタネになることが、よく、いやしばしばあります。特に私はベシャリがあんまり得意ではないので、向こうから端緒を開いてくれるというのはありがたいんです。
最近、twitterも始めてみましたが、あれ(140文字以下)では自分の思うことは書ききれないし、流れてくる情報もそんなに面白くないし、あんまり興味を持てないですね。やっぱりブログがやってて一番面白いです!
Posted on : 22-06-2009 | By : sino | In : Hacking, 雑考
たまにはChromeでも試してみるかぁ・・・、と思って Google Chrome を立ち上げると、エラー。
んじゃ、IE8はどうかな、と思って立ち上げるとやっぱりダメ。
あれ、そんじゃSafariはどうかな、と思って立ち上げると、これもダメ。
・・・。なにこれ|-`).。oO(・・・)
数日前にインストールした ESET NOD32 V4が怪しいと思ってアレコレためしてみましたが、上記3ブラウザは動作せず。Web屋がこんなことでいいんだろうか。いや(・A・)イクナイ!!
そろそろクリーンインストールの時期ってことですかね。というか、Windowsで使ったVirtualBoxがかなりいい感じだったので、ベースOSはUbuntu、ゲストOSとしてWindows XP という構成にしようかと考えています。 使っているアプリの一覧を眺めながら対策を検討中。
Posted on : 13-06-2009 | By : sino | In : 雑考
ユーモアやジョークについて大真面目に語るというのもかなり興ざめな気もしますが、まあお暇でしたらおつきあいください。
さて、私は冗談やシャレを飛ばすのが大好きです。もちろんウケないこともままあるのですが、うまく笑いを取れたときには心の中で快哉を叫び、一人悦に入っています。
もちろん人を笑わせることそのこと自体も好きなのですが、なぜそうするかと問われれば、「ユーモアは人が人にできる最小の奉仕」だと思っているからです。
もう10年も前のことになりますが、私の従姉がガンに冒され、県立ガンセンターに入院したことがありました。その従姉は、身内びいきを差し引いても、美人で愛想がよく、皆に好かれる存在で、もちろん私も大好きでした。全てを奪う最終病魔が彼女の体内に見つかったのは、結婚して子供が生まれ、これから幸せな生活が始まる、と誰もが思った矢先のことでした。ご存知の通り、若いうちのガンというのは進行が早く、私が見舞ったときには髪の毛も抜け落ち、骨と皮ばかりになってしまっていました。
病室で彼女に会ったとき、私は一瞬かけるべき言葉を見失いました。だってそうでしょう、死が目前まで迫っているのは従姉だってわかっています。もうすぐ家族、友人、全ての人、全ての存在に別れを告げて去って行かなければならない者に向かって何と言ってあげればいいかなんて、誰がわかるでしょうか。
内心泣き出したい気持ちをぐっとこらえ、私にできたのは、従姉の昔のエピソードを交えながらからかい倒して涙が出るほど笑わせることでした。「お姉ちゃん、昔こんなことしたよねぇ」「あのときはたまげたねぇ」
それからまもなく従姉は亡くなりましたが、ベッドの上で笑い転げていたあの一瞬、つらい現実を忘れさせてあげることができただろうかと時々思い返しています。きっとできたよね、アッコ姉ちゃん。
Posted on : 31-05-2009 | By : sino | In : 雑考
と尋ねられることがよくあります。実際、今日行ってきたとあるオフ会でも、聞かれました。答えとしては「ほぼ独学です」になります。情報学部に通ったわけでもないですし、パソコンスクールに通ったこともありません。
ただ、最近分かり始めたことですが、一つだけ皆さんと違うかもしれないのは、良く言えば知的好奇心が旺盛、もっと簡単に言えば
非常な不思議がり屋
だということです。
言うまでもなく、世の中には様々なテクノロジーがあふれています。いわゆるIT(情報技術)に限らず、自動車がなんで動くのか、地デジになるとなんでテレビが綺麗に映るのか、アスピリンを飲むとなんで頭痛が治まるのか、挙げていけばきりがありませんが、そうしたことの一つ一つが私にとっては不思議なんですね。そうした中でたまたま興味を持ち続けられたのがコンピュータとかインターネット周りのことだった、というだけです。
だって不思議じゃありませんか?ここで打ったメールがなんで地球の反対側にいる相手に瞬時に伝わるのか、その仕組を知りたいと思いませんか?それに比べれば、超能力とか霊視とか、なんてつまらない能力だろうと思います。だってそんなことは超能力があれば誰でもできます。それよりも、外国の超能力者と日本のテレビ番組司会者が、遠大な距離を隔ててお互いの顔を見ながら会話しているという、その事実の裏側でどんな仕掛が動いているのかということのほうがよほど興味が持てると思うんですよね。
SF作家故アーサー・C・クラークの言葉で「十分に発展した科学は魔法と区別がつかない」というのがありますが、まさにその通りだと思います。仮に、江戸時代の人を現代に連れて来たととしたらもう不思議どころの騒ぎじゃなく、魔法の国に連れて来られたと思われてもしかたないんじゃないでしょうか。
象牙の塔にどっぷりはまって脳味噌が麻痺している学者の言葉とは裏腹に、情報技術、もっと広く言えば、計算機関連の技術は、まだまだ発展の余地があります。例えば、人工知能の分野はこれといった成果を挙げられていませんし、自然言語のモデル化にしても然り。明日には大きな素数の積を瞬時に因数分解できるアルゴリズムが発見されるかもしれませんし、量子コンピュータの実用化も目処がたっていません。光ファイバーよりも高速で簡便な情報インフラ技術を開発したら、一夜にして大儲けできます。もちろん、研究者と違って、在野の社長レベルでは、そういう最先端の研究はできませんが、それでももうその可能性を考えただけでワクワクしてしまうんですよね。新しいイノベーションを誰でも利用できるように提供すること、それが弊社の存在理由の一つだと思っています。
Posted on : 21-02-2009 | By : sino | In : 経営道, 雑考
個人情報を大量に扱っているIT業者として本当は言ってはいけないことなのかもしれませんが、敢えて、問題提起してみます。
私は生来が商売人のせがれで、しかも店と自宅が同じ建物なので、自分の名前はもちろん、住所、電話番号が他人に知られているのが当たり前のこととして育ってきました。店舗の奥が居間ですから、外から飯を食っているところまで丸見えです。まあ、そのせいで怪しいセールスマンが来たり、営業電話を受けたりすることもあるわけですが、そんなの断ればいいだけですし、大して問題にもしていません。で、自分が会社をやるようになって、その辺りの許容度は益々ゆるくなっています。週日は営業の電話、FAXがかかってこないほうが珍しいくらいです。このサイトには私の顔写真は載せていませんが、それは顔を知られることが怖いからというより、訪れていただいた方にご不快な思いをさせるに忍びないからです。(笑
で、思うんですが昨今の個人情報保護の風潮、というよりもう法律になってしまっていますが、誠に窮屈というか、せせこましいというか、許容度がなさすぎるというか、興醒めなのですよね。中には個人情報が犯罪に悪用されたり、しつこく営業電話がかかってくることもあるでしょう。が、それはあったとしてもかなり低い割合だと思うのです。
その心配をするあまり、和歌山県の中学校ではとうとう卒業式の写真・ビデオ撮影まで禁止されることになりつつあるようです。 まあこの件は個人情報というより、肖像権の問題だと思いますが、根は一緒といってもいいでしょう。
悪用されることを未然に防ぐ、という考え方はわからないでもありません。でも、一旦自分の個人情報を知られることに頓着しない、むしろ知られることが望ましい立場になってみるとわかりますが、そういう状態というのは大変気楽なものです。
最近あった意外なできごとをお話ししましょう。このブログをお読みの皆さんならご存知でしょうが、高梨釣具店動画ブログでは、魚を釣り上げた方のお顔・お名前を、了解を得て公開しています。弊店の集客に確実に貢献してもいますが、それだけでなく、「ぜひ写してください!」「え、俺のこと載せてくれるの?嬉しいなぁ」というお声も少なからずいただいています。中にはご両親を写したら、「子供のことも載せてください」とわざわざお店に足を運んでいただいたご家族もいらっしゃいました。個人情報の保護・肖像権に関する声がかまびすしい昨今、大変ありがたいことだと思っております。これが、法律に抵触する可能性を恐れ、何もしていなかったらこういう反響も得られなかったわけで、その点リスクを取った価値はあったと思います。
個人の権利も法律ももちろん守られるべきものではあります。が、リスクを全く取らない、あるいは悪用されることを極度に恐れてしまうと、何もできませんし、非常に窮屈な思いをしなければならないのではないかと、個人情報保護の風潮に関して思うのでした。
Posted on : 12-02-2009 | By : sino | In : 雑考
このブログはもちろんですが、私は普段、仕事やプライベートでやりとりするメールの文面にも相当の注意を払って書いています。誤字・脱字をなくすのはもちろんのこと、文章として正しいか、読んで関心を持ってもらえるか、ということも考慮しながら推敲を重ね納得がいってはじめて、 ブログの「公開」ボタンを、メールの「送信」ボタンを押しています。お気づきのように、あまり写真やイラスト、動画の類は載せません。文字ばっかりの難しいブログだなぁとは自分でも思いますが、そうしています。
なぜそこまで「文」にこだわるかというと、とかく軽薄文化の象徴のように言われるインターネットというメディアで、どこまで人に伝えることができるかということに挑戦したいから、というのが一つ。もう一つには昔の人の文章を書くことに対する思いに敬意を払って、というのがあります。
二番目の理由は少し説明が必要でしょうね。
ちょっと想像していただきたいのですが、昔の人はどうやって文章を記していたでしょうか。そう、一通手紙を書こうと思ったら、硯箱を取り出し、丹念に墨をすり、毛筆に含ませ、書き直しができない張り詰めた空気の中で、息さえ殺しながら自分の思いを紙に認(したた)めていました。もっと昔には粘土板や石に文字通り言葉を「刻み込んで」いました。翻って現代のパソコン・携帯で文章を書くことのなんと簡単なこと。読みさえ知っていれば正しい漢字に変換してくれるし、書き直しはいくらでもできるし、真にお手軽・便利なものです。その意味で情報機器を自在に扱えることは必ずしも知性の高さを意味しない、と私は思っています。
そんな便利な現代にあっても変わらないのは、文章を考えることに費やされる時間や能力でしょう。昔の人は昔の言葉をつかって、現代なら現代語で文を考え、表現していくという行為自体は未来永劫どんなに情報機器が進化しても変わることはありません。
もしかしたら、誰でもいつでも写真が撮れ、音声で会話できる現代にあっては、「文章」というメディア自体がそもそも時代遅れなのかもしれない。けれど、だからこそ、文字によって伝えられるものを大切にしたい、とも思うのです。
Posted on : 28-01-2009 | By : sino | In : 雑考
始めに断っておきますが、私は血液型による性格判断を信じていません。が、血液型の人口分布については興味を持っています。私自身の血液型はB型(正確にいえばBO型)であり、アルタイあたりが起源と考えられているこの血液型を内心誇りに思っていました。誇りというと大げさですけど、「俺は地面から生えているものを食って生きている農耕民族とは違う」「俺こそが典型的なアジア人種だ!」みたいに思ってました。
で、現代におけるフビライ・ハンの再来とも思える朝青龍の活躍を見るにつけ、彼もモンゴル出身ですし、当然B型だと勝手に思っていました。「おお、俺と同じモンゴルの血が優勝したぞ!」と一人で盛り上がっていました。
が、調べてみると、なんと朝青龍はO型なんですね。これにはがっくり。orz ついでに、というわけでもありませんが、白鵬の血液型は、というとこれまたA型。どうやらモンゴル出身=B型というのは私だけのステレオタイプであったようです。なんだかなぁ。
Posted on : 04-12-2008 | By : sino | In : 雑考
Yahoo!ニュースの「たばこで不快な飲食店、「利用しない」が約8割」という記事を読みました。記事の内容はまあおくとして、興味深かったのは一般読者から寄せられたコメントです。喫煙者・非喫煙者ともどもまあ口汚く罵り合っていること。これも匿名性の効果なんでしょうかねぇ。
私自身は喫煙者であることを明かした上で、かくも毛嫌いされている悪習をなぜ続けているか、ということについて書いてみます。いずれも、流布している情報ではなく、あくまで私個人の主観に基づくものです。
私の知る限り、煙草のせいで肺ガンになった人はいない。
うちは典型的なガン家系で、喫煙者もそこそこいて、当然受動喫煙もあったと思うんですが、肺ガンで亡くなった者はいません。他のガンならいっぱいいるんですけど。だから、統計的・疫学的に、喫煙・受動喫煙を続けていると肺ガンその他のリスクが高くなる、という主張をイマイチ信用できていないんです。親類だけでなく、肺ガンにかかった人に限って非喫煙者だったりするものですから、一口に健康被害、といいますが、本当にそうなのかなぁと思っています。
酒飲みに知性は感じられないが、喫煙者で知的な人はたくさん知り合いがいます。
私は普段、家ではほとんど飲みません。親父が飲まないもので自然とそうなっています。1ヶ月飲まずにいても一向に平気ですが、酒を飲む場に行けばそれなりに飲む程度です。
で、正直なところ、酒好きに知性を感じることはほとんどないというのが実感です。酔っている姿を見ているからではなく、普段の言行から判断してのことです。あくまで主観ですが。
そこへ行くと、愛煙家で知的レベルの高い人はたくさん知っています。学歴や学業の成績云々ということではなく、「言うことが鋭い」「すごいことしてるなぁ」と感じさせられる人はたいてい喫煙者です。
以上のことから判断して言えるのは「アルコールが脳を萎縮させるのは事実かもしれないが、煙草は脳には無害。むしろ好影響を与えているのではないか」ということです。
最近みんな、臭(にお)いに敏感すぎやしませんか?
まっとうに体を動かして働いていれば汗の臭いもするでしょう。それなりに年齢を重ねれば加齢臭もするでしょう。腋臭の人も中にはいるでしょう。喫煙者は煙草の臭いがするでしょう。
でも、それでいいじゃありませんか。いつからそんなに臭いに目くじら立てるようになったんでしょうか、この国は。「先進国で全面喫煙していないのは日本くらいだ」「文明国では煙草がもっと高い」「アメリカでは・・・」「イギリスでは・・・」ああもううんざりです、この先進国民意識。つい100年くらい前までは日本だって道で牛馬が糞を落としながら歩いていたんですから。
いいじゃないですか、人が臭ったって。それはその人の個性だと捕らえたらいいじゃないですか。私はむしろ人に会って臭いがしない方が不自然だと思いますけどね。焼き肉屋は焼肉の臭いがするだろうし、寿司屋は酢飯の臭いがするだろうし、釣具屋は釣りエサの臭いがするでしょう。それを無臭にしようと言うほうがよほどどうかしています。個人についてもそれは然り。「死ぬほど臭(くさ)い」とはあくまで比喩で、本当に臭いで死んでしまう人はいません。だから、皆さん臭いについてはもう少し寛容になったらいいんじゃないかと思いますがいかがでしょうか。
・・・とまあ今となってはすっかりマイノリティになった感のある愛煙家からのささやかな主張でした。
Posted on : 08-11-2008 | By : sino | In : 雑考
やり始めたころは「お、面白いじゃん、これ」と思っていたmixiですが、なんだか最近つまらなく感じるようになりました。なんでなんだろうなぁ、とつらつら考えるに
- やっぱり対面でのコミュニケーションにはかなわない。
JCや消防やその他様々な団体に入っていることもあって、私は結構夜仲間と集まって飲む機会も多く、もうこれはmixiなんかに比べたら、全然こっちのほうが楽しいと思います。比べるものでもないかもしれませんが、対面でのコミュニケーションに比べるとmixiは味気なく感じてしまいます。
- 他人の日常に興味を持てなくなってきた。
「どこそこに行って何を食べた」「どこそこの風景がきれいだった」「こんな記事見つけた」etc, etc… そんなんぶっちゃけ興味ないわー!(笑) いや、いいんですけどね、ご自由に書いていただいて。でも、正直なところ、もういい加減興味なくなってきました。コメントつける気にもなりません。
- マイミク広げすぎた。
例えばの話、最初のころなら「最近、こういう人を好きになってしまった」なんてコイバナも打ち明けられたかもしれませんが、最近は無理。だって身内がマイミクにいるんですよ。
対するにパブリックなブログというのは公けに読まれることを意識して書かれているせいか、文章としても面白いし、読み手の興味を引くように意識されてますよね。事実の記述にとどまらない、ある程度まとまった思想というか思考が読み取れます。(このブログもそのつもりで書いてはいますが、実際どうでしょう?)
SNSに飽きてきたのは私だけではないそうで、ある調査によると日本では55%のユーザが同じ感想をもっているそうです。
そこであえて地域SNSをやろうとしているのはなぜか?という理由についてはまた後ほど書きます。