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すっごい自己否定だな…(秋葉原連続殺傷事件報道を見て)

秋葉原連続殺傷事件の加藤智大容疑者が携帯サイトに書き込んだ独白(?)をテレビで見ました。第一に感じたのが、とてつもない「自己否定」。ここまで自分に対してネガティブになれるのかと思うほどです。

それとともに感じたのが、「ユーモアの無さ」「人に読まれているという意識のなさ」です。あの書き込みを見て「面白い」「なるほど」と思ってくれる人がいると彼は考えていたのでしょうか。あそこまで自分を追い詰める前に、「まあこんな俺だけど、なんとか生きてます。ははっ」と自分を笑い者にするくらいの発想の転換ができなかったのかと。彼女がいない、顔が不細工、金がないなんて、自分と大して違わないじゃないかと半ば自嘲的に思ってしまいますが、そこで自嘲的になれるかどうかが人生を分ける場合もあるのかも知れません。

常々思っているのですが、ネットで人の輪が広がるなんて愚かしい幻想です。まして自分の悩みを聞いてもらえるなんてことはまずありません。ネットにできることはせいぜい現実の人間関係の補強くらいで、私にしても、このブログは現実に読んでくれている人のことを想定して書いています。そうであることを意識して書くことで、社会に対する姿勢の矯正やパブリックに発言することの訓練になる、と思っています。

だから、「独白」で自分を追い込まないで欲しい。ネットに書き込む前に現実の人間関係を築いて欲しい。どうせ書くのなら、人を楽しませることを考えて欲しい、と思います。

google suggest を JSONP で取得

もう一つ Google ネタ。こちらはたぶん undocumented なものです。

http://suggestqueries.google.com/complete/search?hl=ja&qu=%E9%AB%98%E6%A2%A8&json=t&jsonp=foo

↑こんなリクエストを投げると、JSONPでサジェスト候補を返してくれます。 パラメータの解説は不要ですよね。

Google Ajax Search が RESTful な JSON(P) に対応してる件

Google Operating System のエントリより。

More than one year after Google discontinued the SOAP Search API, it finally got a proper replacement. The AJAX Search API can now be used from any Web application, not just in JavaScript. The other two Google AJAX APIs for feeds and translations were updated for non-AJAX use, as well.

Ajax Search は知ってたんですが、あんまり食指が動かなかったという人も多いはず。こんなのしか作れなかったし。

でも、RESTでクエリを投げると JSONP で結果を返してくれる API が公開されました。サンプルリクエストはこんな感じ↓。

http://ajax.googleapis.com/ajax/services/search/web?v=1.0&q=%E9%AB%98%E6%A2%A8&callback=foo&context=bar&rsz=large&start=8

リクエストパラメータはこちらを参照してください。

ただし、制約もあります。

  • 正しい HTTPリファラを送ること。
  • 一度に取得できる件数は最大で8件。また、32件目以降の結果を取得することはできません。

あと、なるべくAPIキーをつけることが推奨されています。ざっと見た感じでは1日に何クエリーまでという制限はなさそうでした。

元ネタページの追記によると、ほぼ2年前から使えるようになってはいたものの、正式に公開されたのは最近になってからのようです。orz

キーボードが打てればいいってもんじゃないと思うんです。

地域のポータルサイトうちの商売のブログなどを作っていて思うのは、地方の人たちに欠けているのは、実はITスキル(キーボードを打てること、デジカメ写真・動画を撮れること)ではなく、いわゆる情報発信力、もっと平たく言えば、「語り力」「ネタ見つけ力」ではないだろうか、ということです。

例えばブログをやることが決まったとして、そこそこキーボードが打てても、それだけではダメなんです。読んでくれた人に、「なるほど」「この情報は価値あり」「面白い」と思ってもらわなくては、少なくともそうなるように努力しなくては、意味がない。

ただ、そういう具合に物事を述べるというのは、かなり高度な能力です。私なんか、こうしてブログで言いたいことを言っていますけど、実際「べしゃり」はあんまり得意なほうじゃありません。「多言を弄さず、寸鉄釘を刺す」を心がけているせいもありますが、ちょっと周りを見渡せば私などよりはるかにしゃべるのがうまい人なんてザラにいます。願わくは、そういう能力をちょっとだけパブリックであることを意識しつつ、書き言葉にしてみてもらえないかなぁと思うんです。それだけで、地域の情報発信力はぐぐっと強くなり、地域全体の活性化にも繋がるはず、なんですよね。

でも、それも難しいのかなぁ。「沈黙は金」という風土は地方には根強いですからね。それはそれで美徳であるのかもしれませんが、少しだけ、自分のよさを主張することに心を傾けてもらいたい、とも思うのです。

ブログ読者と飲みました。その他

2ヶ月ほど前に、やはり天津出身でITに関わっていらっしゃる方からこのブログを通してご連絡いただき、機会があったらお会いしましょうということになっていたのですが、先の土曜にお会いすることができました。PC, IT に関しては私よりもずっと先輩の方です。天津の飲み屋でそっち方面の話をすることって非常に稀有で、楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。


 昨日は、地元商工会の主導でウェブサイト構築に関するミーティングがあり、出席しました。でも正直なところ、諸事情により、あまり乗り気にはなれていません。今後、具体的なご依頼があったらお受けするという感じかな。ちょっと距離を置きたいと思っています。


最近、文庫本の値段が高くなりましたよね。Amazon で読みたかったSF小説を買おうと思ったら900円以上もしました。その割にハードカバーはあまり値あがってないのはなぜなんだろう。本は身銭を切って読む方だったのですが、借りて読むようにしようかなぁ。


某県の県議会議員さんたちのホームページを見て回りましたよ

作っていないというのは論外として、「お、なかなかイケてるじゃん」という秀逸なものから「これならない方がマシだろ」というようなものまで様々でした。概して与党の皆さんより、野党・無所属の皆さんの方がこういう面には力を入れているようです。ブログで活動報告をしているのは大変いいと思います。

でも、まだまだ情報発信という点では力不足かなぁ。長いこと更新されていなかったり、更新はしていてもWebの良さを生かしきれていなかったり。

が、それも仕方のないことなのかもしれない、と、ある県議さんの活動実績を思いました。だって、ほぼ毎日休み無しですよ。こりゃ広報戦略を練るどころじゃないわな。コンセプトヒアリングなんて無理だわ。ある程度こっちで構想を練ってから提案せんと形にならんな。

というわけで、今日は一晩寝ながら仕掛を練ってみたいと思います。

「責任」という言葉は誤訳ではないかと思われる件について

「責任」という言葉、よく使いますよね。字義通り解釈すれば、「任じられた責(職)」という意味で、なんだかすごく重々しい感じがしますし、実際その通りに使われています。例えば、「責任を背負う」「責任を全うする」「責任感が強い」などなど。

ところが、和英辞書を引いてみるとわかる通り、「責任」にあたる英語は responsibility です。字義からすれば「レスポンス(応答)できる能力」、無理に漢語化すれば「可応性」とでもなるでしょうか。そこからは日本語の「責任」という言葉の持つ重々しさは感じられず、むしろ、有事の際に反応できればそれでいい、というごくごく軽い語感がうかがえます。

その「可応性」という意味で考えてみると、ニュースなどでよく報道される、「責任を取って辞職する」という行為は大変矛盾していることになります。有事の際にはリーダーが先頭に立って対応にあたらなければならないはずなのに、職を離れてしまっては何にもならない。再発防止に努めたり、やるべきことは沢山あるはずなのに、それを果たさずに逃げていくのはそれこそ「責任感がない」と非難されるべき行為です。

弊社も事業規模こそ小さいですが、それなりに責任を負っています。トラブルが発生しないように最善の努力を払ってはいますが、それでも避けきれない事態が発生することもあります。その時に大切なのが、レスポンシビリティ、つまりいつでも応答できることだと思っています。「責任を取る」とはすなわちそういう体制を作っておくことなのだと思います。

責任感の強い人がよく鬱になると言われますが、「責任」ではなくて「可応性」と考えてみると気分が楽になるかもしれませんね。人間のすることですから絶対はありえない、もしもの時に反応できること、それさえ保証できればそれでいい、むしろ、それをすることが大切なんだ、と。

「微分積分が何の役に立つのか」について浅草寺で考えてみました

この土日、消防団の愉快な仲間たちと、旅行に行って参りました。諸事情により詳しい説明は省かせていただきますが、あんなことこんなことがあって大変楽しい旅行でした。

で、酒の席で直人さんから「学校で習う微分・積分が一体何の役に立つのか」という至極全うな疑問が提されまして、その時はアルコールが入っていたこともあり、とっさにうまく答えられませんでしたが、帰りに寄った浅草寺で時間があったので、この疑問について鳩を見ながらとっくり考えてみることにしました。

そこで得られた答え。「役に立つどころの話ではありません。 世の中に出回っている機械の99%は微分・積分無しにはまともな設計さえおぼつかないはずです。」

例えば、ガソリンで動くエンジン。ガソリンエンジンはシリンダ内でガソリンと空気の混合気体を圧縮し、それに点火、燃焼・膨張させることによって動いていますが、この過程の設計には微積分が必須です。

あとは、例えば電力の計算、タクシー・運搬トラックの走行距離計算には積分が使われていますね。最近、第10の惑星が話題になっていますが、これを探すときの軌道計算にも使われています。

コンピュータの普及により、人間が手と頭を使って計算することは少なくなったかもしれませんが、微分・積分はやっぱり世の中で大いに役に立っています。

私の専門のコンピュータの世界でも高等数学はもちろん役に立っています。

  • 十分大きな素数の積は素因数分解が困難である、という事実は公開鍵暗号化技術に役立てられています。
  • 18世紀の聖職者ベイズが唱えた理論は、スパムメールの判別に活用されています。
  • マンデルブローのフラクタル理論はCGの分野で自然の風物を表現するのに利用されています。

数学の素養があればもっと詳しく答えられるんですが、文系なもんでこのくらいしか知りません。

ね、学問には役に立たないものなんてないんですよ。もっとも、「役に立つこと」が学問の存在理由ではありませんけどね。

ID自由化の波

Yahoo! に続き、 mixi アカウントもOpenIDに対応するようです。OpenPNE あたりはサクっと対応してくれるとカコイイ。また、DoCoMoでも、勝手サイトで端末IDが取れるようになるそうです。 いいですねぇ、こういうオープン化の動きは。これまでは大きなビジネスで公式サイトにならないと取れなかったんですが、DoCoMo もやっとスモールビジネスに目が向いてきたということでしょうか。

端末IDが取れるようになったらいろいろやりたかったことがあるので、草案を練って持ちかけてみようと思います。

地方において「コミュニティ作り」は本当に必要か?

地域SNSをやろうとするときに、必ずといっていいほど取り上げられる目的のひとつが「地域のコミュニティ作り」というものです。まあそれ自体、意義のないことではないとは思いますが、これについてちょっと考えてみたい。

「コミュニティ」をどう定義するかにもよるでしょうし、地域によっても異なるのかもしれませんが、私が思うに、地方はすでに「コミュニティで一杯」です。いろいろな人がいろいろな目的を持っていろいろなことをしている。会議所、商工会、観光協会、各種組合、青年、消防、ボーイ・ガールスカウト、その他ボランティア団体を挙げていけば、鴨川市内だけでいくつあるのか見当もつきません。

で、そこに敢えてこれ以上「コミュニティ作り」をする必要があるか、と思うわけです。SNSでできることはせいぜい「既存コミュニティの連絡のお手伝い」くらいなのではないかと。

現実的な人間関係が希薄な都会では「コミュニティ作り」も意味があるでしょう。同じ趣味や嗜好を持つもの同士で集まるのも、それはそれで楽しいと思います。が、既に濃密な人間関係が築けている(であろう)地方で、あまり「コミュニティ作り」は必要ないんじゃないかと思うんですよね。

ただ、IT屋の目からみると、そういうせっかくのコミュニティが、コミュニケーションの不足が原因でうまく機能していなかったり、もっと面白いことができるのに、という場面は多々出くわすわけです。今の時代通信コストなんて限りなくタダに近づきつつあるのに、勿体無いなぁとよく思います。

そういう視点からのSNSはアリだと思うんです。携帯でも使える簡易MLとして使ってもらう。携帯のメーリングリストって意外に作りづらいですしね。商用利用もOKということにして顧客との連絡手段としても使ってもらってもいいかもしれません。

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