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田舎生活の楽しいところ

最近、地域ネタばかりで恐縮なのですが、今日は「まー田舎はいろいろ不便だけど、それだけハックのしがいがあるってことだよね」ということについて書いてみたいと思います。

「ハック」というのはパソコンオタク用語で「手を入れてよりよくすること。改良。」くらいの意味です。既存のソフトウェアに手を入れて機能を追加したり、使い勝手をよくしたり、 そういうことを指して「ハックする」と言います。また、そういうことをする人を(尊敬の念を込めて)「ハッカー」と呼びます。コンピュータに不正侵入する犯罪者は「クラッカー」と呼ばれ、これにはもちろん尊敬の念はありません。

さて、田舎には地下鉄がない、コンビニが少ない、 映画館がない、などなどなどないものを挙げていけばキリがありません。社会的インフラの不足に限らず、人口が少ないこと、高齢化が進んでいることに起因する様々な問題があることは否定しようがないでしょう。

でも!「じゃあ、どうしたらいいんだ?」ってことを考えるところから田舎生活の面白さは始まります。

私の知っている若い人たちは多かれ少なかれ、そういうことを考えています。例えば天津地区に少年サッカーチームがなかったのを「じゃあ自分で作ればいいんじゃん」と本当に作ってしまったりとか。

そういう「ソーシャル・ハック」ができると考えると田舎の生活もなかなか面白いものです。大変だけど。「ないものをあげつらうより、作れるものを考えた方が楽しい」

私がなぜ友を見捨てているか

世に「管鮑の交わり」という言葉があります。利害や貧富にとらわれない厚い友情を、中国春秋時代、斉の名宰相、管仲(かんちゅう)とその友、鮑叔牙(ほうしゅくが)のようだというわけで、李白が「君見ずや管鮑貧時の交わりを」と詩に詠んだことから生まれた成語です。

こんな私ですが、幸運にも友と呼べる人間は数多おります。が、それでも、管仲と鮑叔牙のように、若いころ商売を共にまでした友人はなかなか多くはいません。皆さんにももちろんご友人はいらっしゃるでしょうが、商売までともにしたという仲までは多くはないのではないでしょうか。

さて、私にとっての「管鮑の交わり」の友が、ある事が思うように進まず苦しんでいます。逆風の中、一人で櫓を漕いで進もうとしている。私はそのことを知っていて傍観しています。非情のように思われるかもしれませんが、今回は敢えてそういう態度を取ることに決めました。

ひとつには、先ほど逆風と書きましたが、その中でもヨットの帆なら風を受けて進めることを学んで欲しいから、というもの。つまり他者の批判や意見を容れる度量を持って欲しい。地域づくりの一環としてやっているのなら、批判は批判として、意見は意見として受け止める大きさを持たなければ。

もうひとつには、 私の商売のポリシーに反するから、というもの。プロとは一言で言って「お金をもらえる仕事をする人」のことだと思っています。今回の件はそのプロ達に無償もしくは安価で働くことを強いている面があり、それは私の商売のやり方に明らかに反します。どんなに小さな仕事でも、プロが職業としていることを無報酬でやったら、それは経営者としての自殺行為です。その判断を「つまらない利害」と言ってしまうのは自由ですが、それでは心ある人は動きません。

というような訳で、管鮑の二人とはだいぶ違うかもしれませんが、敢えて距離を置くことも友情の一つのあり方であろうと思っています。もう少し、事が極まったらもしかしたら動くかもしれませんが、もうしばらくは様子を見ていようと思います。

平成20年須賀神社祭礼

今年の天津の祭が終わりました。青年としてあんまり役に立てませんでしたが、なんとか参加しました。

動画は最終日、仕事を半ばおっぽりだして撮影したものです。ライブの迫力が伝わるかな?天津の祭が動画でネットに載ったのはこれが世界初かもしれません。

今年は初めて神輿を担いだんですが、3回担いだだけで息があがってしまい、敢え無くKO。体力のなさを思い知らされました。orz

以前のエントリで「祭はあまり好きじゃない」旨のことを書きましたが、今年実際に経験してみてその見方が180°変わりました。

実際の祭にあったのは、地域の一体感であり、勇壮を誇る男気であり、静から動、動から静への転回であり、幼い者への愛情であり、長ずる者への敬意であり、進んで貢献しようとする心であり、常に全体を考えて行動するリーダーシップであり、その他、現代の社会が忘れつつある「善なるもの」が凝縮されていました。決して飲んだくれが騒ぐだけのものではなく、理性と秩序がそこには確かに働いています。そのことを知らなかった自分の不明に恥じ入るばかりです。

来年はもう少し段取りを覚え、体力もつけて貢献しようと思います。お世話になりっぱなしだった青年の皆さん、本当にありがとうございました。

UMPC欲すぃぃぃ

iPhoneが発売になり、知人に見せてもらいましたが、いつでもネットにつながるガジェットっていいなぁと思ったりする今日この頃です。

iPhoneもいいけど、キーボード命!の古い人間にしてみると、やっぱりUMPCに食指がそそられます。EeePC, HP 2133, Acer One 辺りが熱いです。国産の工人舎のシリーズも捨てがたいですが値段がちょっと高め。Ubuntu Linux 入れる前提なのでOSなしモデルなんて出ないんでしょうか。

昔、A5サイズの中古ノートに jfbterm, JED, mutt, w3m という構成で生活していたことがありました。CUIに徹していたわけですが、あれはあれでよかったなぁ。ポインティングデバイスなんて使わなくて済んだし、キーボードだけで全ての操作が完結するのはそれなりに快適でした。

EeePCでそれを再現してみるのも面白いかも。

まだまだだなぁ・・・。(自分のこと)

最近、ありがたいことにいろいろな方から仕事のお話をいただきます。が、自分の不得手な分野ばかりなので申し訳なくもお断りしていたりします。

今まで我流で学んできたので、得意・不得意にすごく偏りがあるんですよね。仕事の幅を広げるためにも、もっと勉強せにゃと思うのですが、なかなかその気になれません。時間と脳エネルギーの先行投資と思えばいいんでしょうが。

Ruby のおかげでオブジェクト指向の考え方はわかったので、特に Java 周辺の知識は身に着けたいなぁと思っています。昔、アプレットの開発で挫折したことがあるせいでちょっとしたトラウマになっていますが、市場的には案件多いですし。

太鼓の練習が始まりました。

昨日から、天津の祭り(26~28日)の準備が始まりました。といっても私は笛も大太鼓もやれないので、もっぱら外で子供の行き来を見張っています。

祭り自体はあまり好きなほうじゃないんですが、ただ、こういう地域が一体となって事に臨む雰囲気ってすごくいいなぁと思います。去年のこの時期は仕事の都合で川崎にいましたが、心細かったこと。確かに人口はあちらの方が多いでしょうが、やっぱり地元にいて肌で感じられる濃密な人間関係は何物にも代えがたいです。

ただ、小さい頃は浜町で育ったもので、未だに慣れない点も多々ありますが、よろしくお願いします。

小湊で火災発生!出動するも…

今日の8時半ころ、小湊で火災発生の警報が鳴りました。慌てて消防服に着替えて、半長靴でえっちらおっちら走って詰所に向かうとすでに出発してしまった後でした。須金君の車で現場にかけつけてみるともう鎮火した後。初出動は全く役に立たなかった次第です。

わざわざ着替えて現場に向かったのは私くらいのもので、皆さんサシコ羽織って来てました。 まあ着替えて行くのが正式なんでしょうけどちょっと恥ずかしかったっす。

いわゆる「ホームページ」の時代は終わった。

何がいいたいかというと、更新されないWebサイトにはもはや価値がない、ということです。CNET Japanの記事によると、「こんな企業サイトはイヤだ」のベスト(ワースト?)1は

情報が数ヶ月間更新されていない

 だそうです。「数ヶ月間」ですよ。いわんや年単位で更新されていないホームページは

ゴミ同然

と言えるでしょう。

でも、これは実感としてわかりますよね。例えばある企業について検索してみたら、そのサイトが一目して数年前の情報しか載っていないとしましょう。果たしてその情報は今も有効なのか?社会は常に変動しますから、その企業が存続しているかどうかさえ怪しいものです。

逆に、ちょっとでも更新されていれば、少なくとも企業活動はされていることがわかります。社会の変動に対して、その企業がどう反応しているかさえ知ることができます。

というわけで、いわゆる立ち上げっぱなしのホームページにはすでに価値はないと言えるでしょう。当然ですが、Webは印刷媒体とは違いますから(それだけに値づけも難しいのですが)これからWebサイトを立ち上げようという方は、更新することも視野に入れて運営されればと思います。

当社のCSR(Corporate Social Responsibility)

CSRとはCorporate Social Responsibilityの略で「企業の社会的責任」と訳されるそうです。法令順守以上の積極的な社会貢献、というような意味で使われていることが多いようです。

社長一人の弊社では私が参加しているボランティア活動が即ちCSRとなります。挙げてみると

  • 毎週金曜日、中央公民館で行われている日本語教室での日本語教師
  • (社)鴨川青年会議所での奉仕・社会貢献活動
  • 消防団への参加

あとは青年とかも入っていますがこれはボランティアとは違うでしょうねぇ。会議所も自己修練の一環なのでいわゆるボランティアとはちがうかも。

昨日も消防の手入れがあったので行ってきました。月に2度、1日と15日に消防車のポンプの動作をチェックします。 まあその後の詰所でのひとときが楽しくて行っています。実はそのときに、消防のことをブログに書けとのリクエストがあったので、こんなエントリを書いているというのもあります。(笑)

私が考えるに、ボランティアというのは

  • その分野においてアマチュアであること
  • 楽しんでやれること

が必要不可欠です。例えば私がホームページを作ったり、パソコンの不具合を直したりしたら、それはプロの仕事であって、お金をもらわなければなりません。お金をもらわなかったとしたらそれは市場価値を低めることであり、企業の自殺行為です。また、楽しんでやれるには、一緒にやって楽しい人がいることが大切です。

私は声をかけられればたいていのことに首を突っ込む方ですが、中には上の条件に当てはまらない活動もあり、敢えて参加していないものもあります。

まあ、本業にも力を入れつつ、CSRも積極的に行っていきたいと思う今日この頃です。

拉致はテロではありません。

アメリカによる対北朝鮮の「テロ支援国家」指定が解除になり、日本の拉致被害者家族の方々がこれに強く反発しています。家族を国家ぐるみで連れ去った国に対して悪のレッテルを貼っておきたいという気持ちはよくわかる。が、それでも拉致はテロではないんです。

テロとは社会的不安を煽ることによって自分たちの主張を無理矢理通してしまおうとする手段です。爆弾をしかけたから刑務者を釈放せよ、とか、自分たちにこれ以上干渉すれば飛行機をビルにぶつけるぞ、とか。

北朝鮮の拉致は、(日本人の)誰にも気づかれないようにひっそりと行われたわけで、この点、いわゆるテロとは全く異なる、「国家的犯罪」です。これが例えば「米を送らないと日本人を拉致するぞ」とか「過去の朝鮮併合について謝罪しないからマンギョンボン号に爆弾満載して送った」とかいう話なら、立派な「国家的テロ」です。

だから、拉致被害者家族の方々、またメディアが「拉致はテロだ。だからアメリカは指定解除すべきではない」という論調になっているのをよく見かけますが、ちょっとこれは通らないと思うんですよね。


それにしても、と思うのが、北朝鮮の国民性についてです。軍が強い統制を布いているとはいえ、普通の国なら反乱なり革命なりが起こっていてもよさそうなものなのに、それがない。批判的精神が決定的に欠如していますよね。長く儒教の影響下にあったからなのでしょうか、これもかの国の文化的側面の一部なのかもしれません。

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